布引観音
神亀1年(724)に行基によって開かれたと言われる天台宗布引釈尊寺布引観音は、千曲川のほとりから険しい山道の参道を15分ほど登ると姿を現す。「牛に引かれて善光寺参り」の布引伝説で有名。岩山の崖に築かれた観音堂の中にある宮殿は鎌倉前期に建造されたもので、国の重要文化財。白山社社殿は県宝に指定。信濃三十三観音霊場の第二十九番札所。春は桜の名所、秋には紅葉が見ごろとなる。
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神亀1年(724)に行基によって開かれたと言われる天台宗布引釈尊寺布引観音は、千曲川のほとりから険しい山道の参道を15分ほど登ると姿を現す。「牛に引かれて善光寺参り」の布引伝説で有名。岩山の崖に築かれた観音堂の中にある宮殿は鎌倉前期に建造されたもので、国の重要文化財。白山社社殿は県宝に指定。信濃三十三観音霊場の第二十九番札所。春は桜の名所、秋には紅葉が見ごろとなる。
渋温泉の外湯をすべてめぐる「九湯めぐり」の最終地点がここ。「大湯」の道を挟んだ向かいの78段の石段を上って最後のスタンプを押せば、巡浴祈願の手ぬぐいが完成。これで満願成就だ。
乙事諏訪神社の社殿は、諏訪大社上社本宮の弊拝殿を移築したもので、本殿を設けず磐座を神の憑代とする諏訪神社造りともいわれる特有の形式・配置をよく伝えていることと、構造手法及び彫刻・錺金具などに中世末期を示す特質が認められ、昭和5年(1930)に国宝に指定された。現在は、昭和23年(1948)の火災による復元修復と文化財保護法の制定により重要文化財に指定されている。
全国に1万余の御分社をもつ諏訪神社の総本社。諏訪湖の南に上社前宮・本宮、北に下社春宮・秋宮があり、この2社4宮を諏訪大社と称する。上社本宮は中央道諏訪ICの近くにあり、貴重な建造物が最も多く残る。御祭神は建御名方神[たけみなかたのかみ]で、雨風・水の守護神、五穀豊穣を祈り生命の根源を司る神、また武勇の神として崇められている。宝物殿には、太刀や古文書など、多くの社宝を収蔵。
上社本宮から東南に約1.5km、八ケ岳や諏訪平を一望する茅野市宮川の高台にある。本宮の祭神・建御名方神が諏訪に入り、最初に居を定めた場所で、本宮の前身といわれている。こちらの祭神は、建御名方神の妃・八坂刀売神。毎年4月15日には、本宮から前宮へ御神輿の渡御が行われる上社第一の祭儀、御頭祭[おんとうさい]が執行される。
嘉元3年(1305)に京都臨済宗東福寺[とうふくじ]の虎関師練[こかんしれん]国師が諸国巡行の途中にこの地に立ち寄り、草庵を建てて人々に温泉の効能を教えたのが始まりと伝わる。後に曹洞宗に改宗し、武田信玄が永禄7年(1564)に伽藍[がらん]を整えさせた。
本殿は明和2年(1765)創建と伝わる神社。境内は老杉の木立に囲まれ、100段あまりの急な石段をのぼった先に、向拝の見事な彫刻が目を引く本殿が佇む。松尾芭蕉の句碑もみどころ。
祭神は建御名方神[たけみなかたのかみ]、八坂刀売神[やさかとめのかみ]。旧中仙道宿場町で賑わう秋宮に比べ、静かで落ち着いた雰囲気。春宮と秋宮の間では、毎年2月1日と8月1日に遷座祭が行われる。
本堂大間21畳の天井いっぱいに描かれた極彩色の『八方睨み鳳凰図』は、葛飾北斎晩年の大作。孔雀石、鶏冠石など高価な鉱石をふんだんに使った絵の具で描かれた鳳凰図は、170余年の年月がたったとは思えないほど鮮やか。本堂裏庭には蛙合戦の池があり、桜の咲くころヒキガエルが産卵に集まる。文化13年(1816)、この寺を訪れた小林一茶もこの蛙合戦を見て、「やせ蛙まけるな一茶これにあり」の句を詠んだといわれている。また裏山には、福島正則の霊廟も奉られている。
茅葺き屋根に昔ながらの風情が漂う禅庵。正受老人と呼ばれた道鏡慧端禅師が終生を坐禅三昧で送られ、簡素ながらも自然と調和した美しい景観の庵でもある。
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