神島灯台
明治43年(1910)に建てられた純白の灯台で、今も伊良湖水道の安全を守り続けている。内部の見学はできないが、渥美半島・篠島・佐久島・日間賀島に加え、はるか知多半島まで見渡すことができる。
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明治43年(1910)に建てられた純白の灯台で、今も伊良湖水道の安全を守り続けている。内部の見学はできないが、渥美半島・篠島・佐久島・日間賀島に加え、はるか知多半島まで見渡すことができる。
松坂城は戦国武将、蒲生氏郷によって天正16年(1588)に築かれた。本丸とニノ丸に石垣を築き、かつては3層の天守に敵見、金の間、月見などの櫓が配されていた堅城だった。今はそびえ立つ石垣を残し、公園として整備され、御城番屋敷など松阪市街地が一望できる。桜や藤、イチョウなどが美しく、市民の憩いの場だ。
明治6年(1873)に、イギリス人技師ブライトンの指導で建てられた日本最古の総レンガ造りの洋式灯台。灯台内の見学はできないが、現在も海上の安全を守り続けている。日本の灯台50選にも選ばれている。
母の病を治そうと禁漁区の阿漕浦[あこぎうら]で漁をし、処刑された親孝行息子の平治。その霊を慰めるために築かれた塚。
南北朝動乱期の延元元年(1336)、南朝側の北畠親房が足利氏との戦いのために築いたのが始まり。以来、伊勢国の軍事拠点として中世まで貴重な役割を果たし、江戸時代には周辺に城下町が発展していった。しかし、明治2年(1869)、版籍奉還に先立って紀州藩に返上を命ぜられ、廃城となった。現在は移築された富士見門のほか、本丸、北の丸、二の丸のあった石垣が残り、往時の様子を伝えている。
日本初の本格的な五十音順国語辞典『和訓栞』[わくんのしおり]を著した谷川士清の生家。「つし2階建て」の質素な邸宅は、安永4年(1775)に建築または改装されたと推測されている。国の史跡指定を受けている。
東海道47番目の宿場町で交通の要衝として栄えた関宿。国の重要伝統的建造物群保存地区にも選定された1.8kmの町並みは、宿場町の旧態をとどめている。
旧日本陸軍が、砲弾の着弾地点を観測するために建てられた建物。三島由紀夫の小説『潮騒』では新治が炎を飛び越えて初江を抱擁するクライマックスシーンの舞台となった。
亀山城の外堀にあたる池の近くには昭和7年(1932)に亀山保勝会が建立した石碑が立つ。これは元禄14年(1701)5月9日に石井源蔵・半蔵兄弟が父の仇、赤堀水之助を討ち取ったことを記念する碑。当時、元禄曽我とよばれ、翌年の赤穂浪士の討ち入りと並び称された。
関宿のお隣・亀山宿は、亀山城のお膝元で、城下町として繁栄した。関宿ほど往時を偲ばせる町並みは残されていないが、武家屋敷跡などで面影にふれることができる。
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