戸津井鍾乳洞
2億5千万年以上前のペルム紀の石灰洞穴。総延長がわずか100mの小さな鍾乳洞だが、この年代の鍾乳石は学術的にも貴重。洞内は石柱の間、影観音の間、玉石の間、平静の間、蟹の横洞、針天井の間の6区画からなり、なかでも針天井の間にある「天のカーテン」は最大のみどころ。屈んだり、横歩きで通ったりと小さいながら探検気分が味わえる。
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2億5千万年以上前のペルム紀の石灰洞穴。総延長がわずか100mの小さな鍾乳洞だが、この年代の鍾乳石は学術的にも貴重。洞内は石柱の間、影観音の間、玉石の間、平静の間、蟹の横洞、針天井の間の6区画からなり、なかでも針天井の間にある「天のカーテン」は最大のみどころ。屈んだり、横歩きで通ったりと小さいながら探検気分が味わえる。
ハマボウはアオイ科の落葉低木で、暖地の海辺に生息する植物。昭和54年(1979)には御坊市の木に、平成6年(1994)に御坊市の花木に指定された。特に日高川河口・北塩屋の国道42号沿いには、全国でも五指に入る規模の大きな群生地があり、7月上旬~下旬には鮮やかな黄色い花が咲き、12月頃の水面に映る紅葉も趣がある。
婦夫波[めおとなみ]とは、恋人岬と「陸の黒島」の間の狭い海峡に、東西から打ち寄せ合う波のこと。波が寄り添う姿からこう呼ばれ、波がぶつかりあって高く立つことから合掌波ともいわれる。また、恋人岬の斜面では、厳冬期を除いてブーゲンビリアの花も見られ、「陸の黒島」と少し沖に浮かぶ「沖の黒島」の美しい景観は、江須崎などとともに「すさみ八景」に選ばれている。
古座川沿いにある奇岩。風化によって大小の穴ができ、牡丹の花に似ていることから名付けられた。
梅の産地・田辺市を代表する梅林で、隠れ里のような山里・石神の郷にある。江戸時代から梅栽培が行われていたといい、明治22年(1889)の水害を機に本格的に梅を植栽、栽培し始めた。標高約400mの「大蛇峰」と呼ばれている尾根からは、太平洋の水平線に向かってすり鉢状に広がる梅林が眺められ、「一目30万本」と謳われ、「天空の梅林」の名があるのにも納得。2月上旬から3月上旬の開花期の白い霞がたなびくような景観は圧巻だ。開園期間中には多彩なイベントも開催。
串本海中公園は日本で最初に指定された海中公園地区。その海は黒潮の影響を強く受けて年中暖かく、様々なサンゴの群生が広がり、温帯と熱帯の生き物が入り混じって生息する世界でも希少な価値をもつ。園内のセンターでは、水族館で海や生き物について学ぶことができ、海中展望塔や海中観光船で実際に自然の海の中を観察することができる。
高さ50~60m、南北約2kmにわたる海に突き出た屏風のような断崖。絶壁の際まで続く遊歩道があり、先端の展望台からの眺めは雄大。展望台前には三段壁洞窟の入口がある。
漣痕[れんこん]とは、波による水流で海底の砂の表面にできるさざなみ模様のこと。砂岩の上面にできた漣痕が化石となったもので、新生代第三紀中新生(約1500万年前)の岩石生成時のものといわれている。
太地湾の東にある岬で、古くから航海の目印とされていた。古くは天平勝宝6年(754)、遣唐副使であった吉備真備[きびのまきび]が唐からの帰路、遭難して漂着したといわれる場所でもある。捕鯨が盛んなころには、沖にやって来る鯨の群れを見張る山見台が置かれ、捕鯨船に鯨の居場所を教えた狼煙場跡や支度部屋跡などに当時の面影が残る。寛永13年(1636)には、日本初の鯨油を用いた行灯[あんどん]式の燈明台があった。ここから眺められる紀ノ松島や梶取崎の風景は雄大で美しい。
三尾川地区にある光泉寺境内に立つ。高さ約30m、幹周り約6mもあり、推定樹齢は400年。太い幹から乳房のようなコブ(気根)がいくつも垂れ下がっている姿から、子供のいない人がこの木に願を掛ければ、子宝に恵まれると言い伝えられている。
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