 
													紀州東照宮
元和7年(1621)、紀州藩主・徳川頼宣公が父家康公を祀るために創建した権現造の神社。日光東照宮と同様、絢爛豪華な社殿周囲には、左甚五郎作の彫刻や狩野探幽の壁画がある。朱塗の楼門をはじめ、拝殿・本殿など7棟が国の重要文化財に指定。和歌祭のひとつ神與渡御[みこしとぎょ]が行われ、神輿をかついだ男衆が108段の階段を勇壮に練り下り、1000人の行列が続く。
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													元和7年(1621)、紀州藩主・徳川頼宣公が父家康公を祀るために創建した権現造の神社。日光東照宮と同様、絢爛豪華な社殿周囲には、左甚五郎作の彫刻や狩野探幽の壁画がある。朱塗の楼門をはじめ、拝殿・本殿など7棟が国の重要文化財に指定。和歌祭のひとつ神與渡御[みこしとぎょ]が行われ、神輿をかついだ男衆が108段の階段を勇壮に練り下り、1000人の行列が続く。
 
													紀伊田辺駅の北、会津川のほとりに立つ「弘法さん」で親しまれる寺。寺伝によると、草創は聖徳太子で、弘法大師が中興したとされ、豊臣秀吉の紀州征伐で焼き討ちされた。境内を見渡すと、文化年間(1804~18)に建てられた多宝塔がひときわ目を引く。また、縄文時代の貝塚跡や、墓地には南方熊楠[みなかたくまぐす]や合気道創始者の植芝盛平[うえしばもりへい]の墓もある。
 
													5世紀初めに、熊野権現を勧請し、建立されたと伝えられる神社。社名は、弁慶の父といわれる熊野別当湛増[たんぞう]が、壇ノ浦の合戦の際に源平両軍から支援を求められ、どちらにつくか迷ったので、この神社の境内で紅白の鶏を闘わせて占い、源氏に加勢したことから付いた。境内には江戸時代建築の社殿が立ち並び、社務所には、湛増の鉄烏帽子や鉄扇、源義経愛用の笛、弁慶の産湯の釜が、社宝として展示されている。
 
													熊野那智大社の別宮。祭神は大己貴命[おおなむちのみこと](大国主命)。那智の滝そのものを御神体とする神社で本殿はなく、滝に続く参道を下りると真正面に石の鳥居がある。参入料を納めると滝壺そばのお滝拝所に行くことができ、欄干の付いた滝見台に立つと目の前で飛沫がはじけ、それが霧となって周囲を包んでいくさまが実感できる。昔から、滝の飛沫にふれると延命長寿の霊験があると信じられ、参拝者が絶えない。壺の水を引いた神水もあり、飲むことができる。国指定名勝・世界遺産。
 
													虎関[こかん]師錬開山の臨済宗東福寺派の寺。天明6年(1786)、津波で大破していた寺を愚海[ぐかい]和尚が再建した際、友人の画家・円山応挙が再建祝いとして方丈の障壁画を描き、その作品を弟子の長沢芦雪が寺に届けた。芦雪もまた、この寺に滞在している間、多くの襖絵などを描き残したため、無量寺は「芦雪寺」とよばれている。
 
													地元では「大寺[おおてら]さん」の名で親しまれる真言律宗の古刹。8世紀前半、聖武天皇の勅命で行基が開山。本尊に漆箔大日如来坐像を祭る。本堂(重要文化財)は南北朝時代の再建。寄棟造本瓦葺[よせむねづくりほんかわらぶき]で、朱の柱と緑の連子[れんじ]窓が調和している。年末年始の内部拝観は電話で事前確認が必要。
 
													高野七口の一つ、不動口に現存する唯一の女人堂。かつて七口すべてにあった女人堂は高野山が女人禁制だったころに、女性が真言をひと晩中唱えていた場所。高野山の外周には女人道があり、女性は峯から峯を巡りながら樹間から垣間見える壇上伽藍や奥の院に手を合わせて参拝したといわれる。明治になって女人禁制が解かれたあとは、参拝者の休憩所に利用された。
 
													妙法山の山頂付近にある真言宗の名刹。弘仁6年(815)に空海(弘法大師)が開基し、その後鎌倉時代になって心地覚心(法燈国師)が再興した。山門をくぐると正面が本堂で、すぐ左側に有名な「ひとつ鐘」がある。熊野では人が亡くなると霊魂は枕元のシキミという木の枝を持ってこの妙法山に飛び「ひとつ鐘」を撞いてからあの世に旅立って行くと信じられていて、宗旨を問わず親族が亡くなるとその遺髪、遺骨を納めに来る「おかみあげ」という風習が鎌倉時代より続いている。頂上の奥の院周辺には信者たちが供えたシキミが根付き群生していて、妙法山は別名シキミ山とも呼ばれる。
 
													建保2年(1214)に栄西禅師[えいさいぜんじ]によって創建されたと伝えられる寺。一重裳階[もこし]付きの釈迦堂(本堂、国宝)は、鎌倉末期の唐様仏殿建築。七堂伽藍の大寺院だったが、この釈迦堂のみ現存。
 
													長保2年(1000)、一条天皇勅願によって創建。紀州徳川家歴代藩主の眠る寺。室町前期建築の大門と多宝塔、鎌倉時代建築の本堂の3棟は国宝。国指定重要文化財の鎮守堂は鎌倉後期のもので、12基の歴代藩主の墓碑を中心に数多くの墓碑が並ぶ和歌山藩主徳川家墓所は国指定史跡と歴史的価値が高い。境内には桜をはじめ、ボタンやアジサイが咲く、花の寺としても有名。
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