浦戸城跡
桂浜をのぞむ丘にあった浦戸城。本山氏が築き、のちに長宗我部元親が居城とした。三方が海に面し、敵からの守りは万全だった。
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桂浜をのぞむ丘にあった浦戸城。本山氏が築き、のちに長宗我部元親が居城とした。三方が海に面し、敵からの守りは万全だった。
龍馬暗殺後、妻のお龍は一時、妹が嫁いだ芸西村で暮らした。その銅像は、形見のピストルで小鳥を撃って遊んだという浜(琴ケ浜)に立つ。
創業400余年の司牡丹酒造が酒造りを営む佐川町。県内屈指の酒どころらしく、町には白壁の蔵が立ち並んでいる。土佐漆喰の美しさ、激しい風雨に備える知恵から生まれた水切り瓦、長さ85mを超える長大な酒蔵などを眺めながらゆっくり散策したい。筆頭家老の城下町・上町地区の一角にある竹村家住宅は平成19年(2007)に国の重要文化財に指定。幕末維新を駆け抜けた志士たちの、本物の遺墨がある町立博物館青山文庫もぜひ見たい所。旧浜口家住宅(9~17時、カフェ利用は10~16時、月曜休館)は土産物も取り揃える観光案内所でもある。
藩政時代からあった旅人の休憩所で、梼原町内に13棟保存されている。この茶や谷の茶堂で、龍馬は足を休めたのだろうか。梼原から茶や谷まで、県道、町道経由で20分。
18世紀後半に建てられた農家の住宅跡。囲炉裏を中心に据えた竹編みの床、茅葺き屋根などは当時の山村でよく見られた建築様式で、国の重要文化財に指定。土間には和紙の原料を蒸す道具なども展示。
旅人がひと息つき、地元の人たちと交わる場として、江戸時代に作られた建物。町内に13棟保存されている。
天保5年(1834)に生まれた、三菱グループの創業者岩崎彌太郎の生家。生け垣を巡らした屋敷内に茅葺の母屋や、2階建て土蔵が残る当時の代表的な中農の造り。土蔵の鬼瓦には、岩崎家の紋で、後の三菱のマークの原型といわれる三階菱が見られる。また、庭には少年時代に彌太郎が造ったという日本列島の形をした石組みの石庭がある。
明治20年(1887)、この地の地主だった畠中源馬[はたけなかげんま]が自宅の屋根に作った櫓[やぐら]時計で、安芸のシンボル。時計に興味をもった源馬は、独学で原理を学び、分銅[ふんどう]や歯車もすべて自作した。内部は見学できない。
屋島の檀ノ浦の戦いで、天皇の身代わりを立て安徳天皇が落ち延びて来たのち、無念の死を遂げたという伝承の横倉山中にある。第3駐車場から徒歩約40分のところにあるとても立派なもので、すぐ近くには4億年前の石灰岩から成る断崖の「馬鹿だめし」と、その上に建つ安徳天皇を祭神とする「横倉宮」などのみどころあり。
明治時代、まるいち土佐紙株式会社が商談などに使用していた接待施設。茶室を思わせる建物は幕末から明治初期のもの。庭にある8基の碑はいの町の紙業界の功労者を顕彰したものだ。
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