福岡市赤煉瓦文化館
明治42年(1909)、日本生命保険株式会社九州支店の社屋として建てられた赤レンガの建物。東京駅を設計した辰野金吾らの設計で、国の重要文化財に指定されている。1階はエンジニアカフェおよび喫茶室、2階は有料の会議室。大理石の玄関や照明器具、カーテンは建築当時の仕様に復元。夜にはライトアップされる。所要15分。
- 「天神駅」から徒歩7分/「中洲川端駅」から徒歩7分
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明治42年(1909)、日本生命保険株式会社九州支店の社屋として建てられた赤レンガの建物。東京駅を設計した辰野金吾らの設計で、国の重要文化財に指定されている。1階はエンジニアカフェおよび喫茶室、2階は有料の会議室。大理石の玄関や照明器具、カーテンは建築当時の仕様に復元。夜にはライトアップされる。所要15分。
初代福岡藩主・黒田長政[くろだながまさ]が慶長6年(1601)から7年がかりで築城した福岡城は、大中小の天守台と47の櫓を配した壮大な平山城だった。現在は多聞櫓(重要文化財)と大手門、潮見櫓などが当時の面影をとどめている。周辺は舞鶴公園として整備。高台には展望台が設置され、福岡タワーやPayPayドームまで見渡せる。
みずほPayPayドーム福岡8番ゲート前に立つ鷹観世音大菩薩立像。平成17年(2005)に建立され、背後に大きく広げた鷹の羽のようなオブジェをもつ高さ2mのホークスの守護神で、この守護神がホークスを勝利に導いてくれる。王会長やホークスの監督・選手も、勝利の祈願に訪れるスポット。ここに訪れる人々の結縁や子授け、安産成就、学力向上なども祈念して建立されているのでドームを訪れたら参拝を。
明治時代のフレンチルネッサンスを基調とした国指定の重要文化財。大理石の暖炉や瀟洒なレリーフが設けられ、来賓を接待しての夜会が催されていた華やかな時代を今に伝える建物だ。各室とも意匠が凝ってあり、見ごたえたっぷり。
門司の国道3号沿いに立つ銀行。かつて世界三大銀行の一つに数えられた旧横浜正金銀行の門司支店として昭和9年(1934)に建設。英国風古典主義のデザインでまとめられ、正面玄関の2本の円柱が印象的だ。現在北九州銀行門司支店として使われているため、見学は外観のみ。
バナナの叩き売りは大正時代に、九州の大都会であり貿易港として栄えていた門司で発祥したと言われている。現在は、観光地である門司港レトロ地区を代表する伝統芸能として親しまれていて、週末や、イベント・地域の祭りなどでバナナの叩き売りの懐かしく威勢のよい口上を聞く事ができる。
明治時代の九州産業界の重鎮・松本健次郎が、明治41~45年(1908~1912)に住宅と迎賓館を兼ねて建てたもの。アール・ヌーボー様式を取り入れた洋館と、車寄せの玄関をもつ書院造の日本館が立つ。一般公開は年1回予定。食事は完全予約制で、ランチ・ディナー営業あり。
「筑豊の炭鉱王」と呼ばれた伊藤伝右衛門の本邸として、明治30年代後半に建造。大正期・昭和初期に増築された近代和風建築物で、歌人の柳原白蓮が伝右衛門の妻として約10年間を過ごしたゆかりの場所でもある。和洋折衷の調和のとれた豪邸は繊細で優美な装飾が随所に見られ、池を配した広大な回遊式庭園と共に楽しめる。建物は国指定重要文化財、庭園は国の名勝に指定されている。メイン会場となっている「いいづか雛のまつり」や「端午の節句」のイベントも見もの。
天明4年(1784)、志賀島の農民甚兵衛が、大石の下から「漢委奴國王」金印を発見したと伝えられる所。能古島の也良岬を対岸に望む公園の入口には、「漢委奴國王金印発光之処」記念碑が建ち、園内には福岡の地と関係が深かった中国の古代史家で文学者でもあった郭沫若[かくまつじゃく]の詩碑や金印のレプリカ等が設置されている。卑弥呼の時代を思い起こさせる風景がそこにある。
玄界灘に面した丘陵地に点在する古墳群の総称。南北約8km、東西約2kmの広い範囲にわたって、勝浦高原古墳群、勝浦峯ノ畑古墳、新原・奴山古墳群、須多田古墳群、宮地嶽古墳、手光波切不動古墳など前方後円墳16基、円墳43基、方墳1基の総数60基から構成される。一部を除き国の史跡に指定されている。古墳は5世紀から7世紀に造られた。沖ノ島への信仰を育んだ古代豪族、宗像氏の墳墓群。中でも新原・奴山古墳群は世界遺産“「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群”の構成資産に登録されている。
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