内宮正宮
参道の突き当たり。30余段の石段の上にあり、内宮の御祭神である天照大御神を祀る。外宮と同様に、一般の参拝は、外玉垣[とのたまがき]南御門の絹の幌の前で。4重の垣に囲まれた彼方に、唯一神明造の正殿の萱葺き屋根と金色に光る千木、鰹木をわずかに拝することができる。平成25年(2013)の第62回式年遷宮で隣接する西の御敷地に社殿が建てられた。
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参道の突き当たり。30余段の石段の上にあり、内宮の御祭神である天照大御神を祀る。外宮と同様に、一般の参拝は、外玉垣[とのたまがき]南御門の絹の幌の前で。4重の垣に囲まれた彼方に、唯一神明造の正殿の萱葺き屋根と金色に光る千木、鰹木をわずかに拝することができる。平成25年(2013)の第62回式年遷宮で隣接する西の御敷地に社殿が建てられた。
外宮の表参道手水舎[てみずしゃ]の向かいにある、高さ10m、樹齢1000余年の楠の大木。平清盛が勅使として参向したとき、冠に当たった枝を切らせたという逸話からその名が付いたといわれる。
古来より、日の大神(太陽)と、沖合に鎮まる興玉神石[おきたましんせき]を拝するところとして知られてきた。夫婦岩はこれらを拝む鳥居の役割をしている。伊勢参宮の禊場としても知られる。主祭神は道開きの神・猿田彦大神で、境内には天の岩屋・龍宮社のほか、大神のお使いとされる「蛙」の置物が並ぶ。無事カエル・お金がカエルなどのご利益があるとされ、授与所では蛙のお守りなども授与している。
桜の名所として知られる、樋の山の麓に位置。九鬼嘉隆の菩提を弔うため、息子の守隆が慶長12年(1607)に改築したと伝えられている。家紋の七曜星と左三巴が記された本堂のガラスや棟、屋根瓦などから、九鬼家との縁の深さがうかがえる。薬師堂の鰐口や境内の石燈籠は鳥羽市の指定文化財となっている。
標高336mの山頂に壮大な伽藍を有する。本尊は相差の鯨崎に伝わる木の仏像、鯨に乗った十一面観音菩薩(秘仏)。旧暦1月18日の御船祭では、海上安全、大漁などを願う人々で賑わう。
天長2年(825)、弘法大師が朝熊山の金剛證寺を創建した際、奥の院として建てたと伝わる。戦国時代には、九鬼嘉隆が鳥羽城を築城する際に安全を祈願。鳥羽藩代々の祈願所となっていた。永禄4年(1561)建立の本堂(重要文化財)は、朱塗りの寄棟造に柿葺き。内部の格天井には、極彩色で花・天女・仏像が描かれている。鎮守堂(重要文化財)は柿葺きの一間社流造。「再興慶長十年…」などと書かれた棟札が残る。1月は鮮やかな濃い黄色の蝋梅、春には桜が楽しめ、秋は紅葉で色付く。加茂駅~金剛證寺のハイキングコースは所要4~5時間。
僧兵まつりで有名だが、最近は恋愛成就の寺としても知られる。小石に二人の名前を書いて徒歩3分ほどの大石公園に奉納すれば恋が叶うとか。
鈴鹿山系の入道ケ岳の麓にあり、創建は大和時代と伝えられる古社。全国2500社におよぶ猿田彦大神を祀る神社の総本宮ともいわれる。杉の古木に囲まれた境内には、高山土公神陵とよばれる猿田彦大神の御陵、神水が流れ、お参りすると願いが叶うかなえ滝、松下電器産業の創始者・松下幸之助氏寄進の茶室などがある。
美杉地区西端、太郎生日神[たろうひかわ]の日神仲善寺の西方にある墓地には、鎌倉時代に彫られた阿弥陀像や薬師如来像などの石造仏が混在。それらを総称して、「日神石仏群」と呼んでいる。
5世紀後半、雄略天皇の御代に社殿が造営。北伊勢地方に鎮座し伊勢神宮との関係が深く「お伊勢参らば お多度もかけよ お多度かけねば片参り」と謡われ、北伊勢大神宮とも称される。お伊勢参りの時には、必ず多度大社へも参拝する習わしが残るなど、全国の人々から篤い崇敬を受ける歴史の深いお社。また、しあわせ運ぶ神の馬「白馬伝説」が伝えられており、1年を通して幸せを願う参拝者が訪れる。春(5月4・5日)に上げ馬神事が、秋(11月23日)には流鏑馬神事が行われるなど。「うま」との関わりの深い神社である。
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