長谷寺(長谷観音)
網代の町なかからトンネルを2つ抜けて海岸線を回り込んだ山の中腹にある。本尊は奈良時代の僧行基の作と伝わる木造の聖観音像で、33年ごとに開帳(1996年開帳)。境内は竹林が美しく、石造りの33観音像が並ぶ。相模湾や初島の眺めがよい。
ジャンル/こだわり条件等を指定して検索できます。
網代の町なかからトンネルを2つ抜けて海岸線を回り込んだ山の中腹にある。本尊は奈良時代の僧行基の作と伝わる木造の聖観音像で、33年ごとに開帳(1996年開帳)。境内は竹林が美しく、石造りの33観音像が並ぶ。相模湾や初島の眺めがよい。
天平5年(733)創建の古社。毎年10月23日の大祭に三番叟が奉納される。これは見高村出身の歌舞伎役者・四代目市川小団次が、嘉永3年(1850)に村の青年に教えたといわれる伝統のある行事。奉納される神楽殿には回り舞台があり、江戸歌舞伎に使われた引幕が残されている。
平安前期の一木造りの本尊薬師寺如来坐像や、ヨーロッパ各地の展示会で絶賛された二天立像など26体が展示されている。
伊豆最古、2400年の歴史をもつ神社。御祭神は伊古奈比め命(「め」の字は口+羊)、三嶋大明神、見目、若宮、剣の御子の神様。伊豆7島を創られたと伝えられる。境内にそびえる推定樹齢2000年の御神木と、枯れてから1300年の御神木は圧巻。神社裏白浜海岸にある大明神岩の赤鳥居は有名。
覚照という僧によって、元応元年(1319)に創建されたと伝わる。寺宝に河童のかめと呼ばれる壺があり、かつて栖足寺の住職に助けられたカッパが、お礼に置いていったとの伝説が残っている。黒褐色をした高さ36cmほどの焼物で、壺口に耳を当てるとせせらぎの音が聞こえるという。
稲取灯台近くにある小さな神社。社の中に神輿が祭られており、中には2.2mもある男性のシンボルがご神体として鎮座している。毎年6月上旬に行われていたどんつく祭りは53回でお休みし、現在は神社にて日中神事のみを行うことになる。「どんつく」の名称は子孫繁栄、夫婦和合、無病息災を願いドンと突くというのが語源。
境内入口に樹齢750年、根回り6m、樹高18mのカヤの大木があることから、榧[かや]の寺とも呼ばれる。本堂の左前にあるビルマ(現ミャンマー)の仏鐘は、世界平和と人類の幸福を祈念したもの。本堂の地下に真っ暗な通路があり、一周して戒壇めぐりをすると厄落しができるという。話題になっている占い摩尼車もある。宝物館にはビルマの竪琴や仏鐘、釈迦如来などが安置されている。境内には夜香樹(ビルマの木)も植えられ、5月下旬~11月下旬の開花期はあたりが暗くなると芳香が漂う。
仇討ちで有名な曽我十郎・五郎兄弟と、その父河津三郎祐泰[すけやす]を祀る。このあたりは平安時代末期に河津氏の館があった場所であり、十郎、五郎もここで生まれた。相撲技の「かわづ掛け」に名を残す河津三郎は強力で知られ、境内には三郎が力試しに使ったといわれる力石[ちからいし]や力石を持った三郎の像がある。神社の管理者がいないため、ご朱印はない。
平安時代の延喜式に載る古社。本殿横の大楠(天然記念物)は樹齢1000年以上といわれ、根回り約20m、樹高24mある。12月18~23日まで、鶏肉と鶏卵を食べず禁酒する鳥精進、酒精進の風習が残る。
アメリカ使節タウンゼント・ハリスが、日本最初のアメリカ総領事館を置いた寺。ハリスは、安政3年(1856)9月から2年10カ月をここの本堂で過ごした。境内のハリス記念館には、ハリスの遺品や当時の記録などを展示。日本で初めて牛乳が飲まれたことを記念する碑や最初の屠牛地であることを示す屠牛木[とぎゅうもく]供養塔なども立ち、墓地には黒船ペリー艦隊乗員やロシア艦ディアナ号乗員の墓がある。国史跡。
運行情報はありません。
路線が登録されていません。
路線登録で登録した路線の運行情報が表示されます。
路線を登録すると、登録した路線の運行情報が右サイドで表示される機能です。
トップページ、電車関連ページで表示されます。
エリアを登録すると、登録したエリアの天気情報が表示されます。