宝福寺
お吉の菩提寺。本堂の右横に唐人お吉記念館があり、お吉の遺品や写真を展示。墓は記念館裏手に、供養の石灯籠や鶴松の塚と並んで立っている。墓石や灯籠は、舞台で「唐人お吉」を演じた新派の先代水谷八重子らが寄進したもの。また館内には文久3年(1863)、坂本龍馬の脱藩赦免をめぐって、勝海舟、山内容堂が会談した「謁見の間」も残されている。
- 「伊豆急下田駅」から徒歩6分
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お吉の菩提寺。本堂の右横に唐人お吉記念館があり、お吉の遺品や写真を展示。墓は記念館裏手に、供養の石灯籠や鶴松の塚と並んで立っている。墓石や灯籠は、舞台で「唐人お吉」を演じた新派の先代水谷八重子らが寄進したもの。また館内には文久3年(1863)、坂本龍馬の脱藩赦免をめぐって、勝海舟、山内容堂が会談した「謁見の間」も残されている。
源氏山の西麓にあり、鎌倉幕府5代執権北条時頼が開基。境内奥に時頼の墓もある。時頼は若くして家督を譲り、出家して「最明寺殿」と呼ばれた。
高さ5m、座像では日本一大きい達磨大師像があり、病気平癒のご利益があるといわれる。願い事を一つだけ書いた開運札を貼ると、その願いがかなうという願かけ達磨も。ストレスおさらば、病おさらばなどと悩み事を皿に書いて赤石にぶつける、お皿[さらば]赤石達磨は1枚300円。恒例のだるま市は、1月1~3日開催。
入間の高台にある寺。伊豆国七福神の霊場でもあり、子育布袋尊天[こそだてほていそんてん]を祭る。墓地にあるニール号遭難者招魂碑は、明治7年(1874)に入間沖で坐礁、沈没したフランスの郵便船ニール号の船員を弔った慰霊塔。
曹洞宗の古刹で、創建は南北朝末期の明徳年間(1390~1394)。東司(便所)の守護神、烏枢沙摩明王[うすさまみょうおう]を祀る全国でも珍しい寺で、下半身の病気に御利益がある。毎年8月29日に行われる東司祭は、多くの参拝客で賑わう。
石廊埼灯台のすぐ先、岬の崖の途中に社殿が張り付くようにある神社。かつては「石廊権現」または「石廊崎権現」ともいわれ、海上の安全を守る伊波例命[いわれのみこと]を祭っている。千石船の帆柱を土台に使用した簡素な造りの社殿は、明治34年(1901)の建築だが創建は大宝元年(701)と古く、4月3日は祭典日。
大同2年(807)、弘法大師の開山と伝わる古刹。ここで源頼朝の弟・範頼[のりより]が自刃し、長子頼家が暗殺された。岡本綺堂[おかもときどう]の戯曲『修禅寺物語』は、この史実を題材にして書いたものとして知られる。
畠山国清[はたけやまくにきよ]が康安元年(1361)に創建した臨済宗の古刹で室町時代の関東十刹の一つ。杉木立ちの中に本堂が立ち、山道を1km登ると守護神の毘沙門天を祭る堂がある。
嘉永7年(1854)日米和親条約付録下田条約が締結された国指定史跡。境内の黒船ミュージアムには黒船開国の資料3000点を所蔵。英語・中国語のナレーションのついた黒船開国の映像をシアターで見ることができる。ミュージアムショップを併設。境内には1000株のアメリカジャスミンが5月に満開となり「香りの花まつり」が開催される。
精霊の森とも呼ばれている、長い歴史をもつ神社。境内はうっそうとした樹木に包まれているが、なかでも県の天然記念物に指定されている樹齢千年を超える大イチョウがひときわ目を引く。この神木が社頭をおおい訪れる人を迎えてくれる。また、神明水という名水が湧き、健康長寿のご利益や手足腰の病を癒すという大足大明神が信仰を集めている。社殿の裏には古代の祭場(うらない岩と龍の岩)がある。このパワースポットは、よきご縁が結ばれるようまつられている。社務所内は松崎文化の香る品々を自由に博覧することができる。ご利益は産業守護、交通航海守護、健康長寿、手足腰守護、良縁守護。
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