
金沢市足軽資料館
早道飛脚[はやみちびきゃく]足軽の組屋敷地であった旧早道町(現幸町周辺)に残されていた高西家、清水家の2軒の足軽屋敷を移築し、内部を公開している。足軽とは身分の低い歩兵のことだが、加賀藩の足軽は、小さいながらも庭付きの一戸建てに住んでいた。また、間取りも接客空間を重視した武家屋敷の流れをくむ。職務、武術、世襲など足軽関係の文献資料も公開している。所要20分。
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早道飛脚[はやみちびきゃく]足軽の組屋敷地であった旧早道町(現幸町周辺)に残されていた高西家、清水家の2軒の足軽屋敷を移築し、内部を公開している。足軽とは身分の低い歩兵のことだが、加賀藩の足軽は、小さいながらも庭付きの一戸建てに住んでいた。また、間取りも接客空間を重視した武家屋敷の流れをくむ。職務、武術、世襲など足軽関係の文献資料も公開している。所要20分。
大正11年(1922)、芸妓の稽古場や事務所として建てられた瓦葺の建物。平成15年(2003)7月1日に国登録有形文化財に指定された。寄棟造り、下見板張りの洋風建築は、大正ロマンを偲ばせる。
文政3年(1820)の創建当時のまま残るお茶屋の建物で、国の重要文化財に指定されている。お茶屋は、2階が客間で押入れや物入れ等はなく、あくまでも遊芸を主体とした優美で繊細なお茶屋特有の粋な造りになっている。客が床の間を背にして座ると、その正面の控えの間が演舞の場となり、芸妓さんの艶やかな舞や三弦などの遊芸が披露される。1階には囲炉裏・石室・井戸なども江戸時代のまま残っており、別棟の寒村庵にて、生菓子付きのお抹茶を頂くことができる(有料)。
加賀藩の農村支配において重要な役割を果たした十村の屋敷。茅葺の表門は富樫家より拝領と伝わる。嘉永6年(1853)に能登を巡見した13代藩主前田斉泰の本陣をつとめ、主屋の内装は藩主を迎えた頃のすがたを留めている。加賀藩農政を支えた豪農の屋敷として、その面影を偲ぶことができる。国指定重要文化財。
能登半島北部、富山湾を望んで入江奥に続く平野に約4000年もの長い間、縄文人が繁栄を続けたとされる真脇遺跡がある。その真脇遺跡と背後に整備された施設などを含めた広大な公園が真脇遺跡公園。国指定史跡の真脇遺跡には環状木柱列などが復元され、土器・石器などの出土品は遺跡そばの真脇遺跡縄文館で見ることができる。縄文館隣接の真脇遺跡体験村では、体験館で土器作りや古代米作りなどを催行。公園内上部には、日帰り入浴も楽しめる宿泊施設「真脇ポーレポーレ」、桜の広場などの施設が整備されており、学習とレジャーの両方が楽しめる。
山中温泉の黒谷橋付近にある、松尾芭蕉を祀るお堂。旅の途中、山中温泉にやってきた芭蕉が名湯ぶりを讃えたといわれている。お堂は、1910年(明治43)、芭蕉を慕う俳人たちによって建立された。
卯辰山中腹の木立の中にある。幼い頃に母を亡くした鏡花が、よく遊んだ卯辰山を眺めながら詠んだ「はゝこひし夕山桜峰の松」という句が刻まれている。
明治~昭和初期に米穀や金融で財を成した吉田茂平氏の旧宅を移築、公開している。神代杉や欅など銘木を多用し、匠の技を尽くした普請道楽ともいうべき農家住宅。また、貴重な灯籠と名石を集めた日本庭園の紫雲園も必見。
長町で唯一、一般公開されている武家屋敷跡。代々奉行職を歴任してきた加賀藩士・野村伝兵衛信貞の屋敷跡で、格式を重んじた当時の様式を見学できる。特に、加賀藩のお抱え絵師で狩野派の画人・佐々木泉景による山水画をほどこした襖や、総檜造りの格天井、ギヤマン入りの障子戸などは、文化財的な評価も高い。また、庭園には樹齢400年のヤマモモやシイの古木、六尺に及ぶ大雪見灯篭、さくらみかげ石の大架け橋などが配置され、濡れ縁のすぐ下にまで迫る曲水、落水を配した佇まいからは、屋敷と庭園とが調和した造りを感じられる。また、石造りの階段を上ると茶室があり、眼下に庭園を眺めながら抹茶を頂ける(詳細要問合せ)。
金沢出身の文豪、泉鏡花の代表作『義血侠血』には浅野川が登場。梅ノ橋のそばにはヒロインの水芸人「滝の白糸」をイメージした像がある。センサーに手をかざすと水芸を始める。
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