二ツ森貝塚
国史跡に指定されている青森県内最大規模の縄文時代の貝塚を伴う集落遺跡。ヤマトシジミやアサリなどの貝のほか、魚類、哺乳類、鳥類などの骨も出土している。また、竪穴住居跡や石器、土器、骨製のアクセサリーなども見つかっている。竪穴住居2棟が復元され、現在は史跡公園として整備されている。
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国史跡に指定されている青森県内最大規模の縄文時代の貝塚を伴う集落遺跡。ヤマトシジミやアサリなどの貝のほか、魚類、哺乳類、鳥類などの骨も出土している。また、竪穴住居跡や石器、土器、骨製のアクセサリーなども見つかっている。竪穴住居2棟が復元され、現在は史跡公園として整備されている。
弘前公園の北にある仲町伝統的建造物群保存地区は、藩政時代は侍町で道路沿いに連続するサワラ生垣、点在する門や板塀、前庭の樹木、さらにその奥に立つ木造真壁造の主屋が、往時の町並みの景観を今に伝えている。現在、旧伊東家・旧岩田家・旧梅田家・旧笹森家の4棟の武家住宅を公開している。
夏は日差しを遮り、冬は雪を防ぐために造られた木造アーケード。藩政時代から残る伝統的建造物で、これほどまとまっているのは全国的に類例を見ないという。中町は当時から商家や造り酒屋、旅籠、呉服屋などが並ぶ商店街だった。9月の第2土・日曜には「黒石こみせまつり」を開催。2軒の造り酒屋の酒蔵が公開される。平成17年(2005)、重要伝統的建造物群保存地区に選定されているほか、高橋家(重要文化財)、造り酒屋の鳴海氏庭園など、文化財も点在している。
文政10年(1827)に野辺地の廻船問屋、野村治三郎によって建てられた。盛岡藩の海の窓口としてにぎわっていた野辺地湊に、夜間入港する北前船への目印となっていた。
平成4年(1992)からの発掘調査で姿を現した縄文時代前期から中期(約5900~4200年前)の日本最大級の縄文集落遺跡。令和3年(2021)7月27日に登録された世界遺産「北海道・北東北の縄文遺跡群」の構成資産の一つ。広大な土地に大型竪穴建物や掘立柱建物を復元。高さ約15mのクリの柱を組んだ復元大型掘立柱建物などもある。遠方との交易を示す出土品も展示されている。三内丸山応援隊ボランティアガイドが1時間程で案内してくれる(無料、問合先は三内丸山応援隊)。縄文時遊館では勾玉[まがたま]作り(350円、所要50分)等が楽しめる。食堂や売店ではソフト栗夢[クリーム]やピンバッチなどが人気。
竪穴建物跡や中世の城郭跡などが発見された場所。築城は建武元年(1334)、南部師行[もろゆき]による。安土桃山時代の本丸を復原。主殿や馬屋が立ち並び、内部では当時の様子を再現している。所要30分。
淋代海岸にある広場。昭和6年(1931)、アメリカ人飛行士2人を乗せ淋代海岸を飛び立ったミス・ビードル号は、41時間10分の飛行で無事にワシントン州ウェナッチ市に着陸。三沢の住民たちの協力を得て、世界初の太平洋無着陸横断飛行に成功した。これを記念し、太平洋無着陸横断飛行記念碑と、ミス・ビードル号の実物大模型がある。360度パノラマを楽しめる展望台も設置。
龍飛崎灯台近くに立つ歌謡碑。放送作家・作詞家として知られる阿久悠が作詞し、歌手・石川さゆりが歌ってヒットした『津軽海峡冬景色』。津軽海峡の厳しい自然と情景を盛り込んだ歌詞が人々の共感をよんだ名曲だ。津軽海峡を背にして立つ歌謡碑は、ボタンを押すとその2番の歌詞と曲が流れ、しばし曲の世界に引き込まれる。
遮光器土偶(重要文化財)をはじめ、縄文時代晩期の土器や石器・漆器などが発掘された遺跡。出土した土器や土偶に代表される縄文時代晩期の優れた物質文化は、「亀ケ岡文化」と呼ばれている。現在は遮光器土偶の形をした石像が立つ。近くの縄文前期~中期の田小屋野貝塚からも土器やベンケイ貝製の貝輪などが出土し、ともに史跡に指定されている。
縄文時代の代表的な遺跡で国指定史跡。繊細な文様をもつ優れた造形の縄文土器をはじめ、遺跡内の低湿地からは弓などの木製品が出土している。籃胎[らんたい]漆器などの漆塗りの製品が多く、この遺跡の出土品を特徴づけている。国重要文化財963点を含む出土品は、遺跡の一角にある八戸市埋蔵文化財センター是川縄文館に収蔵・展示されている。
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