太宰治文学碑
龍飛崎の龍飛岬観光案内所そばに立つ文学碑。大きな自然石を利用した石碑には、小説家・太宰治の小説『津軽』の一節「ここは本州の袋小路だ。(中略)そこに於いて諸君の路は全く尽きるのである」と刻まれている。まさしくその言葉どおり、龍飛漁港からの道が尽きた一角、太宰碑公園内に立つ。
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龍飛崎の龍飛岬観光案内所そばに立つ文学碑。大きな自然石を利用した石碑には、小説家・太宰治の小説『津軽』の一節「ここは本州の袋小路だ。(中略)そこに於いて諸君の路は全く尽きるのである」と刻まれている。まさしくその言葉どおり、龍飛漁港からの道が尽きた一角、太宰碑公園内に立つ。
海抜40mの小高い丘に広がる緑豊かな公園で、陸奥湾の向うに下北半島、遠くは北海道まで望める。作家・太宰治も小説『津軽』執筆のために訪れ、山頂には太宰治文学碑が立つ。沿道には風の町をテーマに町が主催する川柳大賞の受賞作品が刻まれた石碑が立ち並ぶ。
三戸城は、三戸南部氏により戦国時代(16世紀中頃)に築城され、石垣や堀跡、土塁などの遺構が多く残り往時を偲ばせている。また、城郭を模した三戸城温故館や歴史民俗資料館があり、歴史ファンからも人気がある。春にはソメイヨシノ、ヤエザクラ、ヤエベニシダレなど定番の桜に加え、黄色の花が特徴のギョイコウが楽しめる青森県南髄一の桜の名所であり、県内外から訪れる人々の憩いの場となっている。令和4年(2022)3月15日に国史跡指定を受けた。
仲町伝統的建造物群保存地区にある武家住宅。江戸後期の建築物と推定される。
中町こみせ通りに立つ江戸中期に建てられた商家の住宅。黒石藩御用達で主に米を扱ったことから屋号を「米屋」という。広い土間や吊り上げ式障子窓がある典型的な商家建築で、国の重要文化財に指定されている。現在も人が住んでいるため座敷に入ることはできないが、4~11月は庭園を望む喫茶処が営業。あんみつや汁粉が食べられる。
仲町伝統的建造物群保存地区にある、津軽藩の藩医をつとめた伊東家の居宅。江戸時代末期に建てられた。
十和田湖のシンボル。高村光太郎晩年の作品で、向き合う2人の女性のブロンズ像の顔は、智恵子夫人をイメージしたものという。遊覧船乗り場から遊歩道がつづく。
江戸時代まで、八戸南部氏の居城があったところ。現在は、市民いこいの広場として整備されている。公園は高台にあるため、市街を一望できる。また、春には桜やツツジ、秋には紅葉が楽しめる。
仲町伝統的建造物群保存地区にある武家屋敷。江戸時代末期に建てられた武士の住宅で、建築年や住居者を推定する墨書が残されていた。
昭和24年(1949)、東北町で高さ1.5m、幅70cm、真ん中に「日本中央」と刻まれた石が発見された。平安時代、坂上田村麻呂[さかのうえのたむらまろ]が刻んだという説がある。「日本中央の碑」歴史公園保存館で展示。
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