山の寺瞑想の道
天正9年(1581)、能登の領主となった前田利家は、七尾南湾に面した平山城の小丸山城を築城。奥能登方面からの攻撃に備えて真宗以外の各宗派29の寺を集めて、出城の機能をもたせた。妙観院や長齢寺など16カ寺が現在も残り、これら寺院を巡る遊歩道として整備されているのが「山の寺瞑想の道」。路傍に佇むお地蔵様、見え隠れする寺の甍[いらか]に導かれながら、四季折々の風情を見せる散策路をのんびり歩いてみたい。すべて回ると約2km、所要2時間。
- 「七尾駅」から徒歩23分
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天正9年(1581)、能登の領主となった前田利家は、七尾南湾に面した平山城の小丸山城を築城。奥能登方面からの攻撃に備えて真宗以外の各宗派29の寺を集めて、出城の機能をもたせた。妙観院や長齢寺など16カ寺が現在も残り、これら寺院を巡る遊歩道として整備されているのが「山の寺瞑想の道」。路傍に佇むお地蔵様、見え隠れする寺の甍[いらか]に導かれながら、四季折々の風情を見せる散策路をのんびり歩いてみたい。すべて回ると約2km、所要2時間。
真宗大谷派金沢別院の門前町として300年の歴史をもつ商店街、金澤表参道。昔ながらの庶民的な雰囲気の通りで、歴史ある店舗とアートな雑貨店や手作り工芸の店舗が同居している味のある商店街。
「うつくしき川は流れたり」で始まる『犀川』の詩でも分かるように、この川のほとりで育ち、自らの作品にもこの川を登場させている室生犀星。犀川大橋から桜橋に向かって川沿いの両岸に延びるのが犀星のみちで、桜橋寄りの右岸には、流し雛をかたどった彼の文学碑が立っている。
広見というのは、藩政時代、延焼を防ぎ大火としないための町づくりの一つとして設けられたものであり、金沢のあちこちにあった。地名は加賀国住人林六郎光明の郎等六動太郎光景に由来し、ここから六動林、六斗林、六斗になったといわれている。国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている。
寺院がひしめく寺町通りから、犀川に架かる桜橋に抜ける途中にあるジグザグの坂。寺町台に下宿していた旧四高生たちの散歩道にもなっていたという坂で、下から見上げると横に倒したWの字に見えることからこの名が付けられた。正式名称は石伐坂[いしきりざか]といい、室生犀星も好んで歩いたところ。途中で見え隠れする犀川の流れが美しい。
明治2年(1869)に開かれた茶屋街。ひがし・にしともに、大店の旦那衆の社交の場として栄えた。国の重要伝統的建造物群保存地区に指定。浅野川大橋から中の橋までの浅野川南岸に、美しい格子戸の料亭が立ち並んでいる。
七尾湾に浮かぶ能登島は「イルカの棲む島」として知られている島。島沿岸に棲みついている野生のミナミバンドウイルカは平成13年(2001)頃から姿が見られるようになり、今では十数頭が生息。イルカを熟知した七尾湾イルカ保護委員の船では、このイルカたちのウォッチングや一緒に泳ぐ体験ができる。予約した各ウォッチング事業者の船により指定の漁港から出向。イルカを驚かせたり、エサをあげる行為はNGだ。詳細はのとじま観光協会の公式サイトを参照。
主計町には平行する小さな坂が2つある。1つはかつて旦那衆が茶屋街へ密かに通ったという暗がり坂。もう1つはあかり坂。ずっと名称がなかったが、住民が金沢ゆかりの作家五木寛之氏に名付けを依頼。平成20年(2008)に命名され、新名所に。
主要観光スポットを押さえたコミュニティバス。道の駅輪島ふらっと訪夢を起点に海、鯨、档、漆、城兼の5コースが巡回し、輪島塗の器のマークが付いたバス停で乗降可能。
能登金剛の景観を海上から堪能できる遊覧船。日本海の荒波が数千年かけて侵食した穴が圧巻の巌門や高さ27mの塔状の鷹の巣岩、義経と弁慶が囲碁を楽しんだと伝わる碁盤島など、能登金剛の奇岩や荒々しい景観は迫力満点。所要約20分。
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