真名井神社
元伊勢籠神社の奥宮。豊受大御神が伊勢神宮外宮に祭られる前に坐した神社。森に囲まれたスピリチュアルな空間に身を置けば、心まで清められる。
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元伊勢籠神社の奥宮。豊受大御神が伊勢神宮外宮に祭られる前に坐した神社。森に囲まれたスピリチュアルな空間に身を置けば、心まで清められる。
『延喜式』記載の官幣大社(山陰道で唯一)、また、丹後一宮として格式を誇る古社で、社殿は伊勢神宮と同じ神明造。伊勢へ遷る前の天照大神〔あまてらすおおかみ〕と豊受大神〔とようけおおかみ〕が祭られていたことより、元伊勢と称される。4月24日には葵祭が行われ、太刀振りなどの奉納神事が神の御生れをにぎやかに祝福する。神門前の石段わきにある狛犬(重要文化財)は、作者の魂が入って天橋立の松原に出没していたのを剣豪・岩見重太郎に斬られ、以来、魔除けの狛犬として霊験あらたかと伝わる。
ユーモラスな風貌の福禄寿を祀る。名前は「幸福」「俸禄」「長寿」に由来しており、三徳を招来し人生円満を授けると伝わる。境内には智証大師作と伝わる薬師如来を安置。
社伝によれば、創建は和銅2年(709)、延喜式内名神大社で丹波国一の宮。縁結びの神として名高い大国主命[おおくにぬしのみこと]と后神・三穂津姫命[みほつひめのみこと]を祀る古社で、島根県出雲大社の大国主命に御霊を遷した“元出雲”として知られる。足利尊氏が修造したと伝わる国指定重要文化財の本殿は、三間社流造の檜皮葺きで格式のあるもの。背後にそびえる御蔭山が御神体山であり、境内全体が神聖なパワーで満ちている。境内に湧出する御神水は、飲めば幸福を招き長寿になるとされる真名井の水。夫婦岩や磐座などみどころも多い。
全国にある愛宕神社の総本宮といわれ、元愛宕と呼ばれ親しまれている。鎌倉時代に建立されたという本殿は国指定重要文化財。祭神は火の神・火産霊命[ほむすびのみこと]と伊邪那美命、大国主命で、4月24日に斎行される鎮火祭が有名。
学問の神様として信仰される、菅原道真公を祀る神社。キリシマツツジの名所として名高く、道真公が太宰府に左遷される際、名残を惜しんだ地といわれている。現在の社殿は、昭和16年(1941)に平安神宮の旧本殿を移築したもの。広い境内には八条ケ池が広がる。
開創は推古天皇(592~626)のころといわれ、乙訓地方きっての大寺であった。藤原種継[たねつぐ]暗殺事件に連座した早良[さわら]親王を、兄の桓武天皇が幽閉した所としても知られる。応仁の乱で荒廃したが、元禄8年(1695)徳川綱吉の援助で再興した。「幽愁の毘沙門天」との異名がある像高1mの立像は国の重要文化財。手入れの行き届いた境内は白モクレンと花が美しく、4月には約1000株のボタンが咲く。
わが国航空界の先駆者である二宮忠八[にのみやちゅうはち]が、大正4年(1915)に全世界の航空殉難者の御霊を慰めるために建立。忠八はライト兄弟より早く飛行機の実用化を試みたが、軍の上司に却下されたという。境内には航空関係の資料館もある。
緑豊かな男山の山上に立つ古社で、創建は貞観2年(860)。国家鎮護のために、平安京の裏鬼門(南西)に当たるこの地に九州宇佐より八幡神を勧請されたのが始まり。創建以来朝廷の崇敬は篤く、のちに源氏の氏神となり源頼朝らも訪れたという。現在は厄除けの神様として信仰を集める。朱塗りの社殿は徳川家光の寄進により江戸時代に再建され、動物彫刻などで装飾された豪華絢爛な本殿を含む十棟が国宝に指定。『徒然草』の有名な話で、仁和寺の僧が八幡宮本殿と間違えたという摂社、高良神社[こうらじんじゃ]は男山山麓にある。
のどかな里山の景観に溶け込んで佇む。天武天皇の勅願で義淵[ぎえん]僧正が開基、聖武天皇の願いで良弁僧正が伽藍を増築したという。本尊の十一面観音立像(国宝)は天平16年(744)に安置。天平時代後期に盛んに作られた木心乾漆像で、華やかな天平の息吹を今に伝える。奈良・興福寺の別院でもあったため藤原氏の庇護を受けて隆盛したが、中世に焼失。現在は本堂(大御堂)だけがひっそりと立つ。
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