八葉寺
会津高野山[こうやさん]とも呼ばれる。16世紀末に建てられた茅葺きの単層入母屋造りの阿弥陀堂が重要文化財に指定されている。死者の遺髪や遺骨の一部を小型の木製の五輪塔に入れて寺に納めて供養する風習が伝わり、国の重要有形民俗文化財に指定されている。祭礼は毎年8月1日から7日までの一週間で、8月5日午前10時から空也念仏踊りが奉納される。
- 「東長原駅」から徒歩24分
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会津高野山[こうやさん]とも呼ばれる。16世紀末に建てられた茅葺きの単層入母屋造りの阿弥陀堂が重要文化財に指定されている。死者の遺髪や遺骨の一部を小型の木製の五輪塔に入れて寺に納めて供養する風習が伝わり、国の重要有形民俗文化財に指定されている。祭礼は毎年8月1日から7日までの一週間で、8月5日午前10時から空也念仏踊りが奉納される。
創建は応永29年(1422)の古刹。明治13年(1880)の喜多方大火で旧本堂が消失したので、防火のために蔵造りの本堂を再建した。白と黒のコントラストが美しい。
会津地方は祈りの里とも言われるほど、霊場が多いところ。立木観音(会津坂下町)、鳥追観音(西会津町)と並び、幸運を授け、大往生を遂げさせてくれるという「ころり三観音」の一つ。中田観音は、文永11年(1274)、長者の江川常俊が亡娘の菩提を弔うために十一面観音を建立した。また野口英世の母シカが、息子の火傷の治癒と立身出世を祈願して月参りしたことでも知られる。車で5分のところには、樹齢700年の千歳桜もある。※ペットを抱いての参拝は控えること。
標高668mの東堂山は小山町のシンボル。中腹にある満福寺の境内脇に並ぶ羅漢様は、昭和60年(1985)に奉安が始まり、480体以上が奉安されている。のんべい羅漢や大笑い羅漢など、一体一体がとてもユニークな表情で、観音堂脇の静かな空間に鎮座している。表情豊かな羅漢様の中には、「上を向いて歩こう」で有名な永六輔・中村八大・坂本九の「六八九羅漢」、小野町名誉町民の東京農大名誉教授小泉武夫先生や作詩家丘灯至夫先生の羅漢様も奉安されている。
相馬出身の仏師荒嘉明[あらよしあき]が生涯一仏一体を残そうと岩山を切り開き、昭和5年(1930)に建立。30余年の歳月を費やし、一人で彫り続けたが、完成を見ずに他界。現在は四代目の陽之輔氏が父祖の志を受け継いでいる。
平成28年(2016)に日本遺産に認定された会津三十三観音の第九番札所。曹洞宗福聚山大光寺境内。平安初期に創建されており、壮麗な観音堂を有し三十六坊院や三重の塔があって繁栄を極めたと伝わる。その後いつの頃よりか寺領を失い、越後の国より安翁という僧が来てこの寺を再興した。
屋根が重層になっていて2階建てに見えることから藤倉二階堂[ふじくらにかいどう]とも呼ばれる。室町時代に建てられた建物は、細部まで唐様の手法が取り入れられた禅宗建築で、急勾配の母屋とゆるやかな廂がつくる優美な形状は全国的にも珍しく、国の重要文化財に指定されている。
高さ10m、幹周り約3mの枝垂れ桜。樹齢およそ300年。
室町時代、三春に居を構えて勢力を伸ばし、三春の城下町をつくっていった田村氏の義顕・隆顕・清顕を「田村三代」と称しているが、この三代の墓があるのが御免町の「福聚寺」である。本尊は鎌倉様式の釈迦如来坐像で、観音堂には木造十一面観音像が安置されている。また、境内のベニシダレザクラ(紅枝垂桜)は町の桜の名所の一つで、4月中旬頃に羽を広げるような美しさを見ることができる。
永暦元年(1160)に、国主だった岩城則道の妻徳尼が、亡くなった夫の冥福を祈って建立されたといわれる。浄土庭園に立つ御堂は、平安末期の代表的な建築様式で、四方に曲線を描く屋根が特徴。
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