
聖徳太子堂
温泉街を見下ろす高台にあり、土湯温泉の開湯にゆかりの深い聖徳太子を祭っている。現在のお堂は江戸時代に建立されたもの。境内のシダレザクラは樹齢500年といわれる。
ジャンル/こだわり条件等を指定して検索できます。
温泉街を見下ろす高台にあり、土湯温泉の開湯にゆかりの深い聖徳太子を祭っている。現在のお堂は江戸時代に建立されたもの。境内のシダレザクラは樹齢500年といわれる。
黒岩の虚空蔵様と親しまれる満願寺には、寺の裏手に十六羅漢石像が並び、境内では1690年代に鋳造され天女の姿が彫られたいぼなし鐘も見られる。
聖徳太子堂からさらに石段を上った所にある。温泉の守護仏・薬師瑠璃光如来と、木地師の祖と伝わる惟喬法親王と土湯こけしが祭られている。
標高337m。仁寿元年(851)、天台宗第三祖慈覚大師によって開かれた霊場。山の中腹には毘沙門堂があり、入口から徒歩10分の山頂には奥の院阿弥陀堂がある。
「しのぶもちずり」はかつて「みちのくの 忍ぶもちずり誰故に 乱れ染めにし我ならなくに」と古今集にも詠まれ、歌枕の地として知られる。境内には悲恋物語を伝える「もちずり石」を中心に県重文の多宝塔をはじめとする諸堂宇があるほか、芭蕉、子規、沢庵和尚芋銭などの多くの句歌碑が建立されてきた。芭蕉も境内を訪れ「早苗とる 手もとや昔 しのぶ摺」の一句を遺している。資料館・傳光閣には芭蕉をはじめゆかりの文人墨客の真蹟などの文化財が展示されている。晩秋のもみじも美しい。
開山は約840年前。日本三不動尊の一つといわれ、「中野のお不動さま」と呼ばれる。奥の院、不動明王の前に灯された聖火は、山を開いた恵明道人[えみょうどうにん]が灯して以来燃え続けているものだという。不動滝や洞窟めぐりなどもあり、2月中旬~3月中旬の歳祭りには水行も行われる。
明治9年(1876)、安積開拓に従事した人々の心の拠り所として、伊勢神宮の御分霊を奉遷し創建された。「東北のお伊勢さま」として親しまれ、正月や花見の時期には特に多くの参拝者が訪れる。
二本松藩主・丹羽家代々の菩提寺。境内には歴代藩主の墓や、戊辰戦争で戦死した二本松少年隊16名の墓が残されている。少年隊は12歳から17歳で、維新の夜明けを見ずに散った。
信夫山の中腹、東側の岩壁に彫られた磨崖仏群で、三十三観音、地蔵尊、不動尊など60余体が刻まれている。平安時代の末期から鎌倉時代にかけて建立されたもので、現在の観音堂は慶長19年(1614)に再建されたもの。江戸時代に庶民の間で西国三十三観音を模した仏像を礼拝することが流行したことから、この地にも三十三観音が刻まれたと言われている。
信夫三山の一つ羽黒山にある神社。一説によると出羽三山よりも歴史の古い神社で、毎年2月10・11日の2日間、長さ12mの大わらじを奉納する暁参りが行われる。
運行情報はありません。
路線が登録されていません。
路線登録で登録した路線の運行情報が表示されます。
路線を登録すると、登録した路線の運行情報が右サイドで表示される機能です。
トップページ、電車関連ページで表示されます。
エリアを登録すると、登録したエリアの天気情報が表示されます。