新宮熊野神社
寛治3年(1089)に造営されたといわれる神社で、修験者の修行場だった長床[ながとこ](重要文化財)が残る。宝物殿では国や県の重要文化財など約80点を公開している。
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寛治3年(1089)に造営されたといわれる神社で、修験者の修行場だった長床[ながとこ](重要文化財)が残る。宝物殿では国や県の重要文化財など約80点を公開している。
岩代国(福島県)一宮、会津総鎮守。崇神10年(紀元前88)創建、欽明13年(552)の高田への遷座という由緒をもつ。約2万坪の境内は古代会津の原生林を残し、南限を示す楡[にれ]の樹林や約200種のハナショウブが咲き誇るあやめ苑など壮大な規模を誇る。花が薄墨色から赤に変化することから、薄墨桜(学名アイヅウスズミ)とよばれる桜がご神木となっている。国指定重要無形民俗文化財の御田植祭は昼に行われることから高田の昼田として知られ、三重県伊勢神宮の朝田、愛知県熱田神宮の夕田と並ぶ田植祭の一つとされる。
二本松藩主・丹羽家代々の菩提寺。境内には歴代藩主の墓や、戊辰戦争で戦死した二本松少年隊16名の墓が残されている。少年隊は12歳から17歳で、維新の夜明けを見ずに散った。
明治9年(1876)、安積開拓に従事した人々の心の拠り所として、伊勢神宮の御分霊を奉遷し創建された。「東北のお伊勢さま」として親しまれ、正月や花見の時期には特に多くの参拝者が訪れる。
会津三十三観音の第八番札所。曹洞宗大雲山観音寺(竹屋観音寺)境内。子安観音とも称され、鎌倉時代の仏工師運慶の作と伝わる「木造如意輪観音像」が安置されている。
用明2年(587)聖徳太子が仏の道を修める道場として開基されたと伝えられ、日本四天王寺の一寺でもある。明治時代裏山から発見された「経筒」は平安時代の銘があり、国指定重要文化財に指定されている。伊達照宗候の寄進により建立された観音堂には、聖観世音菩薩が安置され奥州・信達33観音霊場の11番札所である。左手に聖徳太子が奉安された等身大の毘沙門天王像が合祀されている。堂下には子育地蔵尊・ぼけ除け延壽観世音菩薩が奉安されており、多くの方々の信仰を集めている。
大同3年(808)の創建。弘法大師が彫ったという高さ8.5m、日本最大級の十一面千手観音を本尊とする。立木彫り観音像であることから立木観音と呼ばれ、会津三十三観音の31番札所であり、「ころり三観音」の一つでもある。観音堂は元和3年(1617)の再建で、十一面千手観音とともに国の重要文化財。
大正4年(1915)に建築された、ビザンチン様式のギリシャ正教会系(ロシア正教会)。堂内にあるイイスス・ハリストス(=イエス・キリスト)やマリアの聖像画50点は貴重なもので、茨城県出身の山下りんのイコン画像5点も含まれる。事前に予約すれば、内部の見学もできる。建物・イコンは福島県重要指定文化財。司馬遼太郎著『街道を行く』白河・会津のみちで野バラの教会として紹介。5月最終金~日曜はオープンガーデン(バラ40種以上)で一般公開される。
会津鉄道弥五島[やごしま]駅から大川を越えて山手に入ったところ。鎌倉末期から南北朝の頃(1330年代)の創建といわれる。三間四面に回廊を持った南北朝時代様式を残す本格的な和様建築の観音堂は、国の重要文化財。御蔵入三十三観音の第11番札所ともなっている。
高さ13m、幹周り3m75cmの桜。通称「種まき桜」と呼ばれ、毎年見事な花を咲かせる。樹齢およそ350年。例年開花時期になると夜桜のライトアップが行われる。
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