古井神社・古井近隣公園
JR高山線が横断する古井神社参道・神社裏手(近隣公園)には、ソメイヨシノやヤエザクラなど約200本が植えられ、参道は桜のトンネルとなり見事。
- 「美濃太田駅」から徒歩17分/「美濃川合駅」から徒歩24分
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JR高山線が横断する古井神社参道・神社裏手(近隣公園)には、ソメイヨシノやヤエザクラなど約200本が植えられ、参道は桜のトンネルとなり見事。
金生山山頂にある明星輪寺周辺では、山蛍とも呼ばれる珍しい陸棲のヒメボタルが生息。大垣市指定天然記念物でもあるヒメボタルは深夜に強く発光する。観察会「金生山姫螢」の2日間以外の夜間の立ち入りは禁止。
鎌倉時代末期、正和2年(1313)の創建。夢窓疎石(国師)を開創、仏徳禅師を開山とする名刹。観音堂と開山堂は国宝、夢窓疎石(国師)作の池泉回遊式庭園は国の名勝に指定。開山堂は、神社建築様式の一つである権現造の原型といわれる。11月中旬~下旬が見頃の紅葉の季節は特に美しい。修行寺のため、10人以上での見学には予約が必要。
浄土真宗の古刹。約200年前に建てられた庫裡は茅葺きの合掌造で、郷土館として公開されている。館内1階は囲炉裏の間、2階には当時の暮らしぶりを偲ばせる生活用具が展示されている。所要20分。
寛永9年(1632)に創建の臨済宗の名刹。本堂の建物は禅宗様式と唐様式が混交した重厚な構えが特徴で、高山城から移築したという石垣の上に立っている。また、山岡鉄舟がこの寺で禅学を修めたといわれ、境内にはその鉄舟の碑や鉄舟の両親の墓がある。
荒城[あらき]神社などとともに飛騨国式内八社に数えられる古社。柿[こけら]葺きの三間社流見世棚造[さんけんしゃながれみせだなづくり]の本殿(重要文化財、日本遺産構成文化財)は、室町時代の代表的建造物。構造は簡素だが、柱上で軒を支える組物などに室町時代の特色を表し、素朴さと優雅さを合わせ持っている。覆殿[おおいでん]の中にあり、通常は拝観することはできない(要予約)。
高山北部の鎮守社で、秋の高山祭はこの神社の例大祭。正式名称「高山祭の屋台行事」として昭和57年(1979)重要無形民俗文化財、平成28年(2017)ユネスコ無形文化遺産登録。創建は仁徳天皇のころで、凶族の征伐にやって来た難波根子武振熊命[なにわねこたけふるくまのみこと]が戦勝祈願をしたのが始まりと伝えられている。元和9年(1623)、2代目高山城主・金森重頼が社殿を寄進して再興した。現在の総檜造りの社殿は、昭和51年(1976)に新築されたもの。商売繁盛・学問の神・厄除けの神などを祭る5つの社がある。奉納の絵馬、大きな手水鉢、逆さ桐の灯籠など見どころも多い。
初代藩主の金森長近が天正13年(1585)に城下町を造営する際、浄土真宗の門徒の中心道場として建てられた寺。その後幾度か火災に遭い、現在の本堂は昭和39年(1964)に再建されたもの。寺宝館(希望すれば拝観は可能だが、15時まで。無料)には親鸞[しんらん]上人の一代記を描いた絵など、貴重な宝物100点余りが展示されている。また、庫裡は飛騨随一の豪農であった杉下家の民家を移築したものだ。
楼上に十六羅漢像と釈迦如来像を祭る、堂々とした山門が人々を迎える。広い境内は本堂・鐘堂・十王堂・庫裡などが整然と立ち、東山寺町界隈屈指の大伽藍を誇っている。安政3年(1856)建立の六角形の観音堂には百体観音を安置。本堂内に収められている地獄極楽図も拝観(要予約)できる。
開基は天文元年(1532)、三寺まいりの寺の一つ。総檜造りの本堂は木造建築としては鐘楼とともに飛騨随一。平成7年(1995)に建立された山門は古川の名工山脇八尋氏の作。飛騨の匠の技が見事だ。
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