健民海浜公園
金沢市の西部、金石港に位置する海浜公園。およそ47万平方mにおよぶ園内には、クロマツなど緑あふれる小路の森や運動公園、ボートも楽しめる大池などがある。バーベキューは大池のそばの専用スペースで楽しめる(要予約)。鉄板などの用具は管理施設でレンタルすることができる。
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金沢市の西部、金石港に位置する海浜公園。およそ47万平方mにおよぶ園内には、クロマツなど緑あふれる小路の森や運動公園、ボートも楽しめる大池などがある。バーベキューは大池のそばの専用スペースで楽しめる(要予約)。鉄板などの用具は管理施設でレンタルすることができる。
天正11年(1583)、前田利家が金沢城に入城した直後から本格的な築城を開始。約30万平方mの敷地に20もの櫓がある城だったが、度重なる火災から現在国指定重要文化財となっている石川門、三十間長屋、鶴丸倉庫の3棟のみが残った。一時は金沢大学のキャンパスとして使用されていたが、現在は金沢城公園として、二の丸広場を中心に本丸園地や三の丸広場などが整備され、橋爪門、河北門、鼠多門・鼠多門橋、玉泉院丸庭園などが復元されている。なかでも二の丸広場に伝統的な木造軸組工法で復元された長大な菱櫓・五十間長屋・橋爪門続櫓の見学は、コンピューターグラフィックス映像での解説や模型・発掘調査出土品の展示などもあって楽しめる。
兼六園より120年古い歴史をもつ、池泉回遊式庭園。中国・南宋時代の禅僧芬玉澗[ふんぎょっかん]の描いた「玉澗様山水三段滝図」に則って作庭され、景石・飛石には全国の銘石が集められている。金沢最古の茶室灑雪亭[さいせつてい]や、裏千家茶室寒雲亭の写もある。
兼六園の中にあり、雁が夕空に列をなして飛んでいる様に似ていることから名付けられた。亀甲型の赤戸室石が11枚連なった石橋で、渡ると長生きするといわれるが現在は通行できない。
2025年4月から新たに一般公開された。初代の千田登文氏が約130年前に、兼六園をモチーフに手入れした邸宅と庭を見ることができる。
兼六園内の霞ケ池西岸に立つ、内橋亭の背後にある築山。13代藩主・前田斉泰が、霞ケ池を掘り広げたときの土を利用してつくったもの。山頂に向かってグルグルとらせん状の道が延び、それがまるでサザエの殻を思わせることから名付けられた。
卯辰山の傾斜地を利用して造られた花壇。広さは8500平方mで、階段状に整備されている。ツツジ12種類約8000本、花木は800本余りが四季折々に咲き乱れる。
和倉温泉街のほぼ中央、涌浦乃湯壺の近くにある公園。公園中央には和倉弁天社が立ち、東側の源泉汲み上げポンプ前には温泉[おゆ]かけ薬師如来像が安置されている。体を末端から温めてくれる「手湯」も設置され、温泉街散策の休憩スポットとしておすすめ。高浜虚子の「家持の妻恋舟か春の海」をはじめ、佐々木信綱など日本を代表する俳人・歌人の碑も点在する。
3代藩主・前田利常の命で、金沢城の防火用水として城内に水を引き入れるためつくられた、辰巳用水の一部を庭づくりに生かしたもの。岸に植えられた桜やツツジ、水辺のカキツバタが美しい。
国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている主計町茶屋街の一角、中の橋袂にあるこぢんまりとした公園で、ベンチやトイレがあり、散策途中の一服に便利。藩政時代に金沢城を取り囲んでいた、広い堀と高い土居で外敵の侵入を防ぐ防御施設・惣構が築かれていた場所で、金沢市指定史跡・金沢城惣構跡の西内惣構跡主計町緑水苑内遺構として平成22年(2010)に惣構の一部が復元された。高さ約3mの土居からは公園全体を見渡せ、公園入口には泉鏡花の小説『化鳥』の文学碑も立つ。
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