大安場史跡公園
平成21年(2009)4月に全面オープンした古墳を中心に広がる芝生の公園。自然いっぱいの広場や史跡に触れられるほか、出土品の展示、体験メニューも楽しめる。体験は、火おこし体験や勾玉作り、古代衣装体験など、バラエティに富んだメニューが揃う。勾玉作りは材料代200円。
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平成21年(2009)4月に全面オープンした古墳を中心に広がる芝生の公園。自然いっぱいの広場や史跡に触れられるほか、出土品の展示、体験メニューも楽しめる。体験は、火おこし体験や勾玉作り、古代衣装体験など、バラエティに富んだメニューが揃う。勾玉作りは材料代200円。
慶長5年(1600)、景勝は兼続に新しい城の築城を指示。12万人といわれる人夫を集めて工事を進め、完成すれば巨大な城が出現するはずだった。関ケ原の合戦が始まったため未完に終わった。現在は土塁の一部が残る。
江戸時代に豪農・豪商として知られた堀切家の旧屋敷を一般公開しており、約4000平方mにも及ぶ敷地内で、福島県に現存する最古の土蔵などが見学できる。また施設内に源泉かけ流しの足湯があり無料で利用できる。
京都から源義経の奥州行の後を追い、この地で力つきて難波池に身を投げたという皆鶴姫の墓があり、悲恋の物語を伝える由来書きが立つ。この地を参詣すると、良縁が授かるといわれている。
会津の歴史・文化の情報発信と伝承を使命とする総合文化施設。約7000坪の敷地に会津藩家老の屋敷、藩米精米所、陣屋、茶室、歴史資料館が建ち並ぶ歴史散策ゾーンを中心に、食事処や特産品店舗も揃っている。
会津武家屋敷から東山温泉へ向かう玄関口にあり、会津藩主松平家9代のうち2~9代が葬られている。山の斜面に石段、石畳がつづき、全国的にも珍しい神式の墓石が立ち、国の史跡に指定されている。出掛ける際は歩きなれた靴が望ましい。
安達ケ原には、旅人を泊めては殺し、その肉を食べて生き血を吸ったという鬼婆の伝説が残る。年老いた杉の根元に鬼婆の墓といわれる黒塚が残っている。
直江兼続は上杉謙信の家臣で、謙信の死後は上杉景勝に仕えた武将。国替えで越後から会津に移って来た景勝から、城の大手口の近くに与えられた屋敷がこの場所で、広さは1町(約109m)四方。江戸時代前期の儒学者・兵学者である山鹿素行が生まれた場所でもあり、大正15年(1926)に建てられた自然石の「山鹿素行誕生地」の碑石の書は、海軍軍人・東郷平八郎の筆によるもの。
大正時代に東山温泉を訪れた文化人のひとりに竹久夢二がいる。くつろぎ宿 新滝に長く逗留し、芸妓などをモデルにした絵を描き残した。絵はロビーに展示され、宿泊客中心に見ることができるようになっている。湯川にかかった新瀧橋のたもとには、「まてどくらせど 来ぬひとを 宵待草のやるせなさ」の碑が建てられている。ロビー内の展示品は宿泊客以外でも見学することができるが、ひと言声を掛けたい。
明治時代を代表する歌人・与謝野晶子は明治44年(1911)に、与謝野鉄寛、佐藤春夫、水上滝太郎らとともに東山温泉を訪れ、歌作などを楽しんだ。竹久夢二の碑の対岸、新瀧橋を渡った「くつろぎ宿 新滝」の敷地内には、「湯の川の第一橋をわがこゆる 秋の夕べのひがしやまかな」の歌碑が建つ。同旅館のロビーには、竹久夢二の絵などとともに掛け軸が展示されている。ロビー内の展示品は宿泊客以外でも見学することができるが、ひと言声を掛けたい。
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