閻魔堂
昭和39年(1964)から始まった登別温泉最大の祭り「登別地獄まつり」の30周年を記念して、平成5年(1993)に登場した閻魔様。「極楽通り」に点在する青鬼・赤鬼のモニュメント同様、登別温泉のシンボル的存在だ。座高5.2m、立ち上がると6mにもなる巨体で、「極楽通り」を行き交う通行人に睨みをきかし、日に7回、凄まじい形相で腕を振り上げるパフォーマンスを演じている。毎年8月の最終土・日曜に開催される「登別地獄まつり」では、閻魔堂から出て、まつり会場の極楽通りで地獄の審判を行う。
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昭和39年(1964)から始まった登別温泉最大の祭り「登別地獄まつり」の30周年を記念して、平成5年(1993)に登場した閻魔様。「極楽通り」に点在する青鬼・赤鬼のモニュメント同様、登別温泉のシンボル的存在だ。座高5.2m、立ち上がると6mにもなる巨体で、「極楽通り」を行き交う通行人に睨みをきかし、日に7回、凄まじい形相で腕を振り上げるパフォーマンスを演じている。毎年8月の最終土・日曜に開催される「登別地獄まつり」では、閻魔堂から出て、まつり会場の極楽通りで地獄の審判を行う。
ロシアをはじめとする諸外国に対する警備のため、安政3年(1856)に設置。幕末の蝦夷地の姿を残す貴重な文化財として、昭和41年(1966)に国の史跡に指定された。資料館(料金:入館300円、時間:9時30分~16時30分、休み:月曜、祝日の場合は翌日)も隣接する。
『風のガーデン』では白鳥貞三(緒形拳)の病院として、『北の国から』では蛍(中嶋朋子)の卒業後に働かせたいと五郎(田中邦衛)が望んでいた財津病院として登場。今も現役の病院だ。外観のみ見学自由。
阿寒湖南側の湖畔に広がる阿寒湖温泉街の一角にある道内最大級のアイヌコタン(集落)。約120人のアイヌの人々が生活し、木彫りの工芸品店や民芸品店を中心に20軒余りの店舗が通りの両側に並ぶ。趣向を凝らした工芸品は見ていて飽きない。「アイヌシアターイコロ」では、国の重要無形民俗文化財に指定されているアイヌの古式舞踊を見ることができ、哀愁の漂うムックリ(アイヌの民族楽器)の音色をぜひ聞いてみたい。コタン内のアートミュージアム「オンネチセ」(大人500円)では、自然と共存してきた人々の息づかいが感じられる。
江戸時代、間宮林蔵らが第1回目の樺太探検に出発した地。間宮林蔵渡樺出港の地碑が建っている。3kmほど離れた宗谷岬には間宮林蔵の立像もある。
北海道の中心地に建てられた高さ4m、重さ34トンの石牌。富良野小学校の校庭に位置し、周囲にはエゾムラサキツツジやイチイなどで北海道を象った花壇があり、北海道中心標公園として整備されている。見学は自由だが、授業の邪魔にならないようにしよう。
稚内公園内、氷雪の門のすぐ近くにある。第二次世界大戦の際、樺太(現サハリン)の郵便局で自ら命を絶った女性電話交換手9人の霊を慰めるために建てられたもの。
北方領土返還を求める国民の強い願いを込めて建設されたシンボル像。納沙布岬の望郷の岬公園内にそびえ立つ。底辺が長さ35m、高さ13m、幅3~5m、重さ171トンの大きな像だ。
根室海峡に注ぐ、ポー川に面した国指定の遺跡と湿原を主とした自然公園。歴史民俗資料館や竪穴式住居の復元、湿原木道が整備され、北の自然、先住民族や開拓の歴史にふれられる。
北緯45度31分22秒、北海道本島最北の地に位置し、サハリンの島影を遠望することができる。岬には北極星の一稜をモチーフにして、中央部に北を表わす「N」の文字が施された三角錐の日本最北端の地の碑が立つ。探険家、間宮林蔵[まみやりんぞう]の立像もあり、格好の記念スポットとして多くの観光客が訪れる。
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