千光寺
建久2年(1191)、宋から帰った臨済宗[りんざいしゅう]の栄西禅師[えいさいぜんじ]が日本で最初に座禅を組んだとされる寺。その時、宋から持ち帰った茶の種を植えたとされる、冨春園[ふしゅんえん]という茶畑が今も残っている。茶畑の小道を下ると、栄西禅師が座禅を組んだという座禅石と冨春庵跡がある。栄西禅師が伝えた宋朝禅林[そうちょうぜんりん]の製茶・喫茶法(抹茶の飲み方)は、後に千利休[せんのりきゅう]によって茶道として広く日本に確立されたが、この話はあまり知られていない。
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建久2年(1191)、宋から帰った臨済宗[りんざいしゅう]の栄西禅師[えいさいぜんじ]が日本で最初に座禅を組んだとされる寺。その時、宋から持ち帰った茶の種を植えたとされる、冨春園[ふしゅんえん]という茶畑が今も残っている。茶畑の小道を下ると、栄西禅師が座禅を組んだという座禅石と冨春庵跡がある。栄西禅師が伝えた宋朝禅林[そうちょうぜんりん]の製茶・喫茶法(抹茶の飲み方)は、後に千利休[せんのりきゅう]によって茶道として広く日本に確立されたが、この話はあまり知られていない。
海の守護神、豊玉姫命[とよたまひめのみこと]を祀る、かつての対馬一の宮。神功皇后の三韓征伐に起源をもつ。伊豆山とよばれる神山にある。神域の杜は斧を入れたことがない原生林で、老松が社殿を守るように立つ様は荘厳な雰囲気をかもし出す。宝物庫には、新羅仏(重要文化財)や弥生時代の遺物が収蔵されている。
平戸島の東部、宝亀湾を見下ろす高台に立つ。明治18年(1885)、京崎地区に仮教会が設けられ、明治31年(1898)にマタラ神父の指導の下、現在の宝亀教会が建立された。多くの建築的特徴をもつ聖堂で、基礎は石造りだが会堂部は木造切妻造りで、建物正面部分のみレンガ造りだ。屋根は単層切妻の瓦葺、会堂部側面には円型ハメ殺し窓の下に、出入りできる両開き窓を5面設けている。内部は三廊式で、天井は主廊、側廊ともにリブ・ヴォールト天井(コウモリ天井)の板張り。平戸を代表する美しい教会で長崎県指定有形文化財。見学の際はマナーを守り、入口の注意事項を一読、脱帽して静かに見学すること。カメラ撮影、飲食、喫煙は禁止。
日本遺産に登録されている内海湾にあり、干潮時の時だけ海から参道が現れ歩いて参拝することが可能。この島全体が神域とされいるため、小枝1本も島の外に持ち出してはならない。御朱印をいただく場合は事前予約が必要。宮司さんの都合によっては受け取ることができない場合あり。
金沢の前田家、萩の毛利家の墓とともに日本の三大墓地に数えられる対馬藩主宗家の菩提寺。山門は桃山式建築で、元和元年(1615)建立当時の姿を残している。百雁木[ひゃくがんき]とよばれる132段の石段を登れば、杉木立のなかに、墓所である巨大な五輪塔が見える。
明治13年(1880)に平戸城下にあった四社(七郎神社、乙宮神社、八幡神社、霊椿山神社)を合祀してできた神社で、平戸城本丸跡に鎮座する。西海鎮守と称され旧県社。市民の産土神として崇敬を集め、10月の例大祭「平戸くんち」では多彩な行事が行われ、10月26日には国指定重要無形文化財「平戸神楽」の奉納もある。
中通島北部の奈摩湾[なまわん]を望む、青砂ヶ浦の小高い丘の上に立つ教会。現在の天主堂は明治43年(1910)の建立で、青砂ヶ浦では3代目の天主堂になる。赤いレンガの外壁に瓦葺きの屋根という重層屋根構造の平屋建ての建物は、信徒が総出で佐世保からのレンガを運び上げて建設されたもの。堂内は三廊式で壁は漆喰塗り、主廊部・側廊部ともに天井は4分割リブ・ヴォールト天井。正面入口の両側にある円柱の装飾や円窓のステンドグラスが優美だ。設計・施工は地元出身の鉄川與助で、與助が手掛けたレンガ造り教会堂としては旧野首教会に続いて2番目のもの。レンガ造り教会堂の模範として国の重要文化財に指定されている。堂前には白いマリア像とソテツの緑が美しいコントラストを織りなしている。
五島列島の中通島北部に位置する、木造瓦葺き平屋建てのカトリック教会。明治15年(1882)に創建された教会で、創建当時の場所に当時の規模や形をほとんど変えることなく、ミサも行われる現役の木造教会として最古級のものだった。平成19年(2007)に、漏電が原因と見られる火災により損傷。柱や梁などの構造体や外壁はしっかりと残っていたため、調査・検討の結果、復元工事を決定。平成22年(2010)には、曲線が美しいリブ・ヴォールト天井(こうもり天井)のかつての姿を取り戻し、現在は長崎県の有形文化財にも指定されている。
中通島の北部、青方港桟橋対岸の高台にその姿を望める教会。江戸末期に大村藩の外海から移住してきた潜伏キリシタンの人々が、明治12年(1879)に、今は若松島に移築され土井ノ浦教会となっている最初の教会堂を建立。現在の教会堂は大正5年(1916)に再建されたもので、設計・施工は地元出身の鉄川與助。桟瓦葺きの重層屋根で、レンガの組方や色の違いで装飾されたレンガ造りの外壁が美しい。正面玄関部はドーム型の鐘楼となっており、内部は三廊式で、天井は漆喰塗りのリブ・ヴォールト天井だ。西ドイツ製の花柄のステンドグラス、半円のアーチ窓など、ロマネスク様式をとり入れており、柱頭の彫刻は與助の父鉄川与四郎の作。鎧戸や聖体拝領台などほぼすべてが当時のまま残っていることから長崎県の有形文化財に指定されている。
世界遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産「頭ヶ島の集落」の中心となる教会。教会の始まりは、慶応2年(1867)に上五島地域の潜伏キリシタンの頭目であったドミンゴ松次郎が頭ヶ島の白浜に移住し、自宅を「仮の聖堂」としたことから。現在の天主堂は2代目で、信徒らの労働奉仕と10年の歳月をかけて大正8年(1919)に完成。設計・施工は鉄川與助。五島石を使った外観は力強い組石造りだ。八角形の銅板張りのドーム屋根を冠した塔屋が印象的だ。内部は単廊式で、船底のような折上天井は、ハンマー・ビーム架構という特殊な工法で造られている。内装には随所に五島列島の椿をモチーフにした装飾がなされ「花の御堂」の愛称も。国指定重要文化財。頭ヶ島パーク&ライドによりアクセスに要注意。
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