広島護国神社
明治元年(1868)に戊辰戦争で陣没した浅野藩士78柱を祀ったのが創建で、以来、大東亜戦争に至るまでの数々の戦争で戦没した英霊、原爆犠牲となった動員学徒、女子挺身隊などおよそ9万2千余柱の神霊を祀っている。原爆で御社殿すべてが焼失した後、昭和31年(1956)に現在の広島城跡に再建された。現在の社殿は平成5年(1993)に建て替えられたもの。
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明治元年(1868)に戊辰戦争で陣没した浅野藩士78柱を祀ったのが創建で、以来、大東亜戦争に至るまでの数々の戦争で戦没した英霊、原爆犠牲となった動員学徒、女子挺身隊などおよそ9万2千余柱の神霊を祀っている。原爆で御社殿すべてが焼失した後、昭和31年(1956)に現在の広島城跡に再建された。現在の社殿は平成5年(1993)に建て替えられたもの。
嚴島神社の西側の丘に大永3年(1523)に建立された国の重要文化財。純和様を基調としながら、天竺様や禅宗様を取り入れた建築様式は周辺の景観とも融合し、深い朱の美しさを一層強めている。
弘法大師が護摩の火を焚いてから、1200年間消えたことがないといわれる「消えずの火」。大茶釜の中の霊水は万病に効くといわれる。手を合わせてからいただこう。また弥山本堂には重要文化財である平宗盛寄進の梵鐘がある。
緑の木々を背景に、朱の色も鮮やかにそびえる五重塔の建立は、応永14年(1407)と伝えられている。高さ27m、唐様と和様の建築様式が美しく調和し、ひときわ目を引く。初層の内部は完全な唐様で、柱の上部には、金襴巻きの装飾画、壁には、極彩色の仏画が描かれている。
もと実業家の耕三寺耕三が、母の菩提寺として建立した浄土真宗本願寺派の寺。堂塔は国宝建造物を手本として建てられ、内15棟は国登録有形文化財になっている。館内の各展示館では、仏教・茶道・近代美術の名品を鑑賞可。現代美術の大理石庭園「未来心の丘」は必見だ。
菅原道真公が太宰府に流される際に立ち寄りお手を洗ったことから、御手洗の名前の由来になったとも言われる場所。菅公ゆかりの井戸や歌碑、石づくりの筆、神社拝殿の下のトンネルなど見どころ満載。
平清盛が庵を結び十一面観音を安置した地として知られる。境内には本堂や鐘楼の他、俳人栗田樗堂の墓が残る。豊臣秀吉の四国征伐の際、加藤清正により築かれたとされる「乱れ築き」の巨大な石垣は圧巻。
嘉慶2年(1388)に五重塔として建立、元禄5年(1692)に上の2重を撤去して三重塔に改められた。和様に禅宗様式を取り入れた建築当初の姿をよく残しており、国の重要文化財に指定されている。高さは25m。
真言宗大覚寺派の古刹。大同2年(807)空海の開基とされ、本堂は本瓦葺き入母屋造の、和様と唐様を用いた折衷様式。五重塔は日本で5番目に古く本堂とともに国宝、本尊の十一面観音立像は平安前期伝教大師最澄作の重要文化財。
島民が宮島を今日の隆盛に導いた平清盛の遺徳をたたえ、霊を慰めるために昭和29年(1954)に創建した神社。西松原と呼ばれる砂州にあり、朱塗りの鳥居と小さな社がある。
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