山陰の霊場
昼なお暗い鬱蒼とした樹林内に、不動滝・湯原滝・妙円滝の3つの滝が水飛沫を上げ、霊場という呼び名がいかにも相応しい。かつては山伏たちの修行の場とされ、今でも不動滝のそばにある祠では、8月の第1日曜に山岳修験風の行「湯三昧」行われる。
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昼なお暗い鬱蒼とした樹林内に、不動滝・湯原滝・妙円滝の3つの滝が水飛沫を上げ、霊場という呼び名がいかにも相応しい。かつては山伏たちの修行の場とされ、今でも不動滝のそばにある祠では、8月の第1日曜に山岳修験風の行「湯三昧」行われる。
元禄12年(1699)建立の寺院で、古来から伝わる占星術をアレンジした占いが評判。戦国時代には戦や政治などに利用したという占いで、生年月日から星を算出し、自分の性格や健康、対人関係などを知れるほか、相手の星を知ることで相性も占える。
天平勝宝8年(756)、行基が建立したと伝えられる寺院で、国の重要文化財に指定された木造地蔵菩薩半跏像を祭る。檜の寄木造で、高さは3.6mと巨大。像内の支柱には、この像が鎌倉時代の造立であり、寛永17年(1640)、地元の人々によって再興されたことが記されている。顔立ちや上体の量感に鎌倉時代の特徴がある。
慶雲3年(706)、役行者によって開かれた古刹。山岳仏教の霊場で、標高900mの三徳山全山が国の名勝・史跡。本堂から投入堂[なげいれどう]へは往復登山参拝1時間40分の山道。途中に文殊堂(重要文化財)、地蔵堂(重要文化財)、鐘楼等が点在する。三佛寺奥院投入堂は標高520mの断崖に平安後期に建てられた懸崖造の神社建築で、鳥取県で唯一の国宝建造物。宝物殿で拝観できる本尊の蔵王権現立像(重要文化財)は、仁安3年(1168)康慶作。
養老年間(717~723)に開かれた天台宗の古刹。石段の上に立つ朱塗りの柱に緑色の格子窓をもつ本堂は、往時の大山三院の一つである中門院の大日堂で、明治8年(1875)の神仏分離令で大山寺の本堂とされた。明治の廃仏毀釈を免れた文化財は、宝物館霊宝閣に収蔵。
中国三十三観音霊場の一つ。承和年間(834~848)に慈覚大師が創建したという寺院で、摩尼山中腹に立つ。麓から長く急な石段を上ると境内で、門前には山菜料理の茶店が並び一休みできる。
三朝温泉の守り神として知られ、清めの水が温泉という三朝ならではの珍しい神社。飲泉可なので、健康を祈願して飲んでみよう。
奈良時代創建の古刹。打吹山の急な斜面に立つ本堂は、地形を利用した懸造[かけづくり]だ。奉納された、たくさんの絵馬が有名で、なかには絵から抜け出し暴れたという伝説をもつ優れた作品も。本尊十一面観音を安置する厨子は、室町後期の作で国の重要文化財に指定されている。
白壁土蔵群のほど近くに立つ寺。慶長10年(1605)の建立。倉吉三万石(実質は四千石といわれている)に移封された8年後、29歳で他界した安房国(千葉)館山城の最後の城主・里見安房守忠義[さとみあわのかみただよし]公と8人の家臣八賢士の墓がある。忠義公と八賢士は滝沢馬琴の『南総里見八犬伝』のモデルといわれる。
伊賀越仇討の剣豪・荒木又右衛門の菩提寺。境内には、墓と荒木又右衛門記念館がある。寛永11年(1634)実際に決闘に使われた太刀や鎖かたびら等多数の遺品資料は必見。庫裏には、高木百拙[たかぎひゃくせつ]筆の羅漢襖絵があり、墨一色でのびやかに描かれた羅漢達が味わい深く語りかける。四季折々の風情が楽しめる亀鶴庭など、見所が多い。
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