龍石寺
荒川の浸食でできた河岸段丘上に露出した大きな岩盤の上に本堂がある。秩父札所の第19番。千手観世音菩薩本堂となりの三途婆堂(さんずばどう)には、三途の川の川辺で死者の服をはぎとる奪衣婆(だつえば)の座像がまつられている。「子育て婆さん」として、子どもの病気を治してくれるといわれている。
- 「大野原駅」から徒歩8分
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荒川の浸食でできた河岸段丘上に露出した大きな岩盤の上に本堂がある。秩父札所の第19番。千手観世音菩薩本堂となりの三途婆堂(さんずばどう)には、三途の川の川辺で死者の服をはぎとる奪衣婆(だつえば)の座像がまつられている。「子育て婆さん」として、子どもの病気を治してくれるといわれている。
秩父31番札所。札所最西端、標高698mの観音山中腹にある寺。本堂裏の巨大な岩壁「鷲の岩や」には30mの聖浄の滝が落ち、本堂から東の奥の院までの途中には弘法大師が爪で彫ったとされる十万八千仏(磨崖仏)など石仏群が300体ある。春はしだれ桃、秋にはシュウカイドウが咲く。
日光、久能山と並ぶ三大東照宮のひとつ。徳川家康の遺骸を静岡の久能山から日光に運ぶ途中、喜多院に4日間とどめ、家康の信任が厚かった天海僧正が法要を営んだことにより、寛永10年(1633)に建てられた。現在の社殿は、寛永17年(1640)の建立。随身門・鳥居・拝殿・唐門・本殿はすべて国の重要文化財だ。社宝の三十六歌仙額(重要文化財)は桃山時代の作で、さいたま市の歴史と民俗の博物館に収蔵されている。
享禄元年(1528)に再建された本殿(重要文化財)は県内最古の神社建築。毎年11月3日に行う流鏑馬[やぶさめ]まつりは康平6年(1063)の源頼義、義家親子による奥州平定記念がはじまりという歴史ある祭りだ。源、平、藤原の3氏を再現し、地元の小・中学生が矢を射る姿は見もの。令和5年(2023)には御鎮座1900年を迎えた。
札所28番で、そそり立った岩壁の下に立つ姿が印象的。鎌倉時代の作といわれる馬頭観音が本尊で、裏にかつて奥ノ院だった橋立鍾乳洞がある。
平安時代末期に武将の斎藤別当実盛公が民衆の心の拠り所として「大聖歓喜天」を祀った。浅草の待乳山聖天と奈良県の生駒聖天とともに日本三大聖天の1つに数えられる名刹。境内には恋愛成就のパワースポット「夫妻[めおと]の木」や、名物100年フードに認定された「ジャンボいなり寿司」など魅力的なスポットがある。
江戸時代には川越藩領の総鎮守として信仰され、10月中旬に行われる川越氷川祭はこの神社の例大祭。現在の本殿は嘉永2年(1849)に竣工し、江戸彫りといわれる精巧な彫刻が施されている。また、2組の夫婦神と大己貴命[おおなむちのみこと]をお祀りしていることから、古くから縁結びの神様として信仰を集めている。
秩父御嶽神社は、飯能市北部の御嶽山山上に本殿が鎮座する神社。信州木曾御嶽山の木曽御嶽山神社の分霊を勧請した御嶽信仰の神社だ。境内には、本殿ほか、数多くの摂社や末社が点在。中腹に広がる東郷公園は秩父御嶽神社の神苑で、「東洋のネルソン」と呼ばれた明治・大正期の海軍提督・東郷平八郎元帥の銅像が建立されたことから東郷公園として親しまれてきた。奥武蔵を代表する紅葉スポットであり、秋には多くの観光客が訪れる。
梅の名所で知られる長瀞の宝登山。その山麓駅近くにある真言宗醍醐派の寺。しだれ梅の名所で、参道から本堂にかけて、藤牡丹枝垂や白滝枝垂など150本以上の梅が連なる。毎年3月第1日曜に醍醐寺座主奉修による長瀞火祭りが開催される。
源頼朝や徳川家康などに縁の深い、関東最古の大社ともいわれている。国指定重要無形民俗文化財である。土師一流催馬楽神楽が年に6回奉演される。奉演日1月1日、2月14日、4月10日、7月31日、10月10日、12月初酉の日。
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