宮津弁天宮
往時、番所があったところで、天保2年(1831)に村民が大漁祈願のために岩上に建てた赤と白の宮津弁天宮が祭られている。弁天宮は海上に突き出した丘のうえにあり、島屈指の展望スポットとしても知られる。晴天の日は胸の透くような日本海の眺めが楽しめる。
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往時、番所があったところで、天保2年(1831)に村民が大漁祈願のために岩上に建てた赤と白の宮津弁天宮が祭られている。弁天宮は海上に突き出した丘のうえにあり、島屈指の展望スポットとしても知られる。晴天の日は胸の透くような日本海の眺めが楽しめる。
折居姥[おりいうば]が神の教示によりニシン漁をもたらし、北海道の漁業と開拓の基を築いたことから、今も多くの信仰を集める。創立年代は不明。正保元年(1644)から始まった渡御祭[とぎょさい]は、毎年8月9日から11日まで行われる。4基の御輿と13台の山車が町内を練り歩き、北前船がもたらした祇園情緒と江差の風土が合わさった独特の祭囃子が響きわたる。
函館山のふもとに鎮座する函館八幡宮は、文安2年(1445)に、領主、河野加賀守政通が館を創建する際、その東南隅に鎮護の神として八幡宮を祀ったのが始まりとされている。大正4年(1915)に改築された社殿は、日吉造りと権現造りを併せた聖帝八棟造りであり、大正式八幡造りの代表作。
市内中心部の高台にある水天宮。歴史は古く、大正8年(1919)に建設。急な石段を上ると境内からは、眼下に小樽港や堺町、東雲町などの昔ながらの情緒が残る家並みを見渡すことができる。旧寿原邸(電話:0134-22-0856)など、当時の面影を残した建物もあり、小樽の繁栄を偲ばせる。近くには石川啄木の歌碑も立つ。
四方に突き出した屋根が空から見ると、十字架の形に見えるように設計された聖堂をもつ日本聖公会北海道教区の教会。教会の始まりは、明治7年(1874)にイギリスの宣教師デニングが函館を訪れ、布教活動をしたことから。北海道の聖公会では最も古い歴史をもつという。当初の建物は重なる火災によって消失。大正10年(1921)に現在の地に再建され、昭和54年(1979)にドーム型の天井をもつ現聖堂が竣工した。見学は事前予約制で、日曜礼拝のほか、ジャズやピアノのコンサートなども開催されている。
福山館築城後に移設され、往時は15もの寺院が軒を並べていたが、明治維新の戦乱でほとんどが焼失し、現在は5カ寺を残すのみとなった。1カ所に寺が集合する様子は、松前藩らしい光景となっている。
『北の国から』では蛍(中嶋朋子)の結婚式や結(内田有紀)が雪の中で祈るシーン、『優しい時間』では、勇吉(寺尾聰)が、断絶中の息子・拓郎(二宮和也)にここのお守りを贈るなど、重要な鍵として登場した。
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