桶狭間古戦場伝説地
永禄3年(1560)5月19日、2万5000とも言われる大軍で尾張に侵攻した今川義元を、小勢の織田信長が討ち取ったとされる桶狭間の戦い跡地。この戦いを機に信長の武勇は全国的に広まり、天下統一に向けた覇道への第一歩となった。昭和12年(1937)に国指定史跡に。地内には往時を偲ぶ今川義元公の墓や石碑などが残されている。
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永禄3年(1560)5月19日、2万5000とも言われる大軍で尾張に侵攻した今川義元を、小勢の織田信長が討ち取ったとされる桶狭間の戦い跡地。この戦いを機に信長の武勇は全国的に広まり、天下統一に向けた覇道への第一歩となった。昭和12年(1937)に国指定史跡に。地内には往時を偲ぶ今川義元公の墓や石碑などが残されている。
太閤通口からすぐの中央コンコースに立つ銀色の時計。新幹線改札口のすぐ目の前にあるので、遠方から来た人との待ち合わせにおすすめ。
名古屋の幹線輸送路だった堀川と中川運河を結んでいた水門。東洋一ともいわれた建築美は本来の役目を終えた今も健在。夜にはライトアップされる。付近は松重閘門公園として整備されている。
天文6年(1537)、織田信康により創建された現存する日本最古の木造天守。天守の美しさは荻生徂徠[おぎゅうそらい]が李白の詩を引用し、「白帝城」と讃えたほど。最上階の回廊からは、木曽川の眺めとともに、晴れた日には遠く御嶽山、名古屋駅ビル、岐阜城などを見渡せる。
旧東海道の宮の宿(現在の熱田)は、桑名[くわな]へ渡る七里の渡しの渡船場として、船の出入りや客の往来も多かった。その航海の安全を見守る役目として置かれた常夜灯が、今でもひっそりと残っている。火災により寛政3年(1791)に再建され、その後荒廃していたものを昭和30年(1955)に地元の有志により、ほぼ旧位置に再建され、現在は宮の渡し公園として整備されている。
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