北海道開拓の村
明治・大正時代に北海道各地で建てられた建物を移築した施設。村内には馬車鉄道が走り(冬期は馬そり)、鰊[にしん]番屋や石造りの旧小樽新聞社など、歴史上貴重な建築を間近に見ることができる。4つのブロックに分かれ、市街地、農村、漁村、山村とそれぞれ趣の違う街並みを散策できる。昔の生活を体験できるよう、季節ごとにさまざまな年中行事も実施している。
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明治・大正時代に北海道各地で建てられた建物を移築した施設。村内には馬車鉄道が走り(冬期は馬そり)、鰊[にしん]番屋や石造りの旧小樽新聞社など、歴史上貴重な建築を間近に見ることができる。4つのブロックに分かれ、市街地、農村、漁村、山村とそれぞれ趣の違う街並みを散策できる。昔の生活を体験できるよう、季節ごとにさまざまな年中行事も実施している。
平成18年(2006)7月、北海道で初めて「恋人の聖地」として選出されたスポット。雄大な海岸線や日本海に沈む夕日が大変美しく見える展望台。「誓いの鐘」や恋人たちが固く結ばれることを願ってかける、南京錠を取り付けるためのフェンスが設置されている。平成30年(2018)4月下旬、恋人の聖地のふもとのあいろーどパーク内に道の駅石狩「あいろーど厚田」がオープン。
北海道庁が明治20年(1887)に建てたこの建物は、北海道の有形文化財に指定されている。壁や天井には、「桃太郎柄」などの多彩な布クロスが張られ、当時の姿を今に伝えている。現在は郷土資料として活用され、江差の自然・歴史・生活などを概観することができる。また、江戸時代に江差で行われた「百印百詩」にちなんで、ハンコ作り体験(500円)をすることができる。
駅に向かって浅草通り(日銀通り)を行くと、かつて中央銀行として機能した、界隈でもひと際目を引く建物が現れる。竣工は明治45年(1912)で、設計は日本近代建築の先駆者・辰野金吾とその弟子ら。レンガの上にモルタルを塗り石造り風に造られていて、小樽市指定有形文化財に指定されている。内部は金融資料館として公開。日本銀行の歴史や業務をわかりやすく解説。1億円(模擬)の重さや偽造防止技術も体験できる。
日本海を望む岬の先端に立つ。明治30年(1897)、北海道の日本海沿岸がまだニシン漁で栄えていた時代、積丹[しゃこたん]の網元・田中福松によって泊村に建築され、昭和33年(1958)に現在地へ移築された。当時は120名ものヤン衆(出稼ぎの漁夫)が寝泊まりしていたという。現存する鰊御殿の中では最大級の規模を誇る。所要30分。
日本初の男子トラピスト修道院の裏手、丸山の山道を20分ほど歩くと、岩肌に立つ聖母像が見えてくる。フランスにある世界的に有名なカトリックの巡礼地・ルルドを再現しており、外からの見学は自由。修道院は男性のみ毎週火曜日14時から内部見学可(少人数限定。往復ハガキにて要申込)。
明治44年(1911)に開通し、昭和62年(1987)に廃線となった大夕張鉄道。駅舎は解体されたが、保存会の手によって国内最古の石炭貨車やラッセル車などの車両6両が、ホームに横付けされた形で保存されている。廃線跡をめぐるツアーも人気だ。平成19年(2007)、経済産業省近代産業遺産認定。
急勾配の幸坂[さいわいざか]を上りつめた先に立つ、木造レンガ造りの建造物。赤レンガの壁に青い屋根、白い窓枠の色鮮やかな外観が印象的。帝政ロシア時代の華やかさが残る建物だ。明治41年(1908)築。
秋川雅史氏のシングルでヒットした名曲『千の風になって』。新井満氏が大沼の別荘で訳詞、作曲したことにちなんで、大沼湖畔の西大島に造られたモニュメント。七飯町特産の安山岩を直径3mの円形に組んだモニュメントで、中央に「『千の風になって』名曲誕生の地」と記されている。
島の西海岸、神威脇漁港近くの高台にある。園内は、彫刻家・流政之[ながれまさゆき]氏の作品が展示され、野外美術館のようだ。なかでも国後島[くなしりとう]を追われ、この地に入植した島民の望郷の念を表現した『北追岬』は、見ごたえあり。
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