前神寺
桓武[かんむ]天皇の勅願によって建立された、四国霊場第64番札所。神仏分離政策までは霊峰石鎚山の別当寺だった。境内は広く、大師堂・護摩堂・薬師堂・本堂が点在。現在は真言宗石づち派(づちの字は金+夫)の総本山として、修験道の根本道場として数多くの参拝者が訪れる。
- 「石鎚山駅」から徒歩9分
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桓武[かんむ]天皇の勅願によって建立された、四国霊場第64番札所。神仏分離政策までは霊峰石鎚山の別当寺だった。境内は広く、大師堂・護摩堂・薬師堂・本堂が点在。現在は真言宗石づち派(づちの字は金+夫)の総本山として、修験道の根本道場として数多くの参拝者が訪れる。
弘法大師が光り輝く檜を発見、即座に一刀三礼して毘沙聞天を刻み、寺を創建したという。八十八ヵ所で唯一、毘沙聞天を本尊とする。境内にある成就石の穴に杖を通すと願い事が叶うという。八角堂には七福神のうち六神が祀られている。
約11haもの広大な松原が広がるスポット。学問の神様として知られる菅原道真公を祭神とした綱敷天満宮を中心に、アカマツやクロマツなどの老樹が並ぶ。春には梅の名所としても知られ、2月下旬には観梅会も開催。すぐそばには白い砂浜が広がり、おだやかな波が打ち寄せる美しい景観が観られる。国指定の名勝地で、時間を忘れておだやかな時間を過ごせる。
養老3年(719)、伊予の豪族・越智玉純による遷座とされる伊予一の宮。山と海と武人の神として朝廷・武士の信仰を集め、現在は応永34年(1427)再建の本殿や拝殿・摂社が残り、天然記念物の楠の原生林に囲まれている。国宝8点、重要文化財も多数所蔵。
四国最高峰・石鎚山系に立つ。役行者が星が森に現れた蔵王権現の姿を刻み、小堂に安置したのが始まり。シャクナゲの名所。有料林道通行料1850円、冬期12月29日~2月末日は通行止め。※石づち山の「づち」の字は、金+夫。
用明天皇の病気平癒を願い、聖徳太子が建立。弘法大師が安産、子育て、身代わり、女人成仏の四誓願と秘法を寺に伝え、霊場とした。「子安の大師さん」とよばれ親しまれている。大聖堂の2階に本堂と大師堂がある。
養老年間(717~24)に空鉢[くうはち]上人が草庵を結んだのに始まり、桓武[かんむ]天皇の時代には勅願寺となった東予随一の名刹。本堂は文中4・永和元年(1375)の建立で、正面5間、側面6間の単層銅板葺。石垣の上に客殿、三重塔と並び大寺院の風格を漂わす。本堂、銅鐘、宝篋印塔[ほうきょういんとう]は重要文化財。
天平年間(729~749年)に行基が聖武天皇の勅願によって開創した四国霊場第65番札所。弘仁6年(815)に弘法大師が三角形の護摩壇を設け21日間の護摩秘法を修めたというのが名前の由来。本尊の檜一木造十一面観世音菩薩は、60年に一度御開帳の秘仏だ。
弘法大師が修行の途中に橋の下で一夜野宿され、衆生済度の詩を詠んだところ。橋の下には布団をかぶった大師像がある。遍路は橋の上では杖をつかない風習はここが起源である。
養老2年(718)開創。標高812mの出石山山頂にある寺。22万平方mの広い境内は自然林に覆われ、本堂・庫裏・護摩堂・大師堂・銅鐘(重要文化財)が荘厳な佇まいを見せている。寺一帯は瀬戸内海国立公園に指定されており、石鎚連峰や瀬戸内海、中国地方や九州の山々も見渡せる絶景。秋~冬にかけての早朝、雲海を見ることができる。宿泊(素泊り1泊4000円)もでき、境内にうどんを食べられる売店(不定休)もある。
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