
八栗寺
屋島の対岸、五剣山[ごけんざん]中腹にある四国霊場第85番札所。天長6年(829)弘法大師の創建と伝わる。境内の背後に五剣山がそびえ、本堂横の聖天[しょうでん]堂の本尊・歓喜天は弘法大師作で日本最古とも言われている。商売繁盛や縁結び、家内安全、学業成就などのご利益がある「八栗のお聖天さま」と呼ばれ、霊験あらたかなことで有名。
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屋島の対岸、五剣山[ごけんざん]中腹にある四国霊場第85番札所。天長6年(829)弘法大師の創建と伝わる。境内の背後に五剣山がそびえ、本堂横の聖天[しょうでん]堂の本尊・歓喜天は弘法大師作で日本最古とも言われている。商売繁盛や縁結び、家内安全、学業成就などのご利益がある「八栗のお聖天さま」と呼ばれ、霊験あらたかなことで有名。
8世紀に唐僧・鑑真[がんじん]が創建したと伝わる、四国霊場第84番札所。朱塗りの本堂と本尊の十一面千手観音坐像は、国の重要文化財に指定されている。宝物館には源平合戦の絵巻や屏風絵などを展示。
四国霊場第76番札所。弘法大師の姪の子で天台寺門宗の宗祖、智証大師(円珍)の生誕地。本尊の薬師如来像は円珍作と伝わる。本堂左手には、円珍ゆかりの訶利帝母尊(鬼子母神)が祀られている訶利帝堂が立つ。明治29年(1896)、乃木希典[のぎまれすけ]将軍が旧陸軍第11師団創立時に宿舎としたことも有名。
静かな森の中で地元出身の英霊3万5800余柱を祀る。戦没者遺品を納めた史料館(入館無料)もある。
秋になると境内に約2500株の萩が花をつける。弘法大師が大同2年(807)に開基したと伝わり、宝物館には太師筆という急就章[きゅうしゅうしょう](重要文化財)をはじめ数々の寺宝を収蔵。毎年5月に門前市が、9月に萩まつりが開かれ多くの参詣者で賑わう。
8世紀に行基が開基し、弘法大師が少年時代に学問を積んだとされる寺で、四国霊場第71番札所。標高382mの弥谷山の中腹に堂宇が並び、いちばん奥の本堂まで550段近い石段を登っていく。本堂下の岩壁に阿弥陀如来を中心に3尊の磨崖仏[まがいぶつ]が彫られている。帰りに大師堂へ寄り、弘法大師が学問した獅子窟[ししのいわや]がある奥の院を拝観(時間:7~17時)したい。
奈良時代に開創。重要文化財に指定されている毘沙門天王像が寺宝である。延命地蔵が本尊、水子供養の寺、毎年1月21日に近い日曜に「初大師大護痺供養」厳修。
奥の院にある大師堂は玉依御前[たまよりごぜん]が弘法大師である空海を出産したと伝わる産屋跡。唐の国より修業後、空海が開山した最初の真言宗の根本霊地でもある。敷地面積8万坪を誇り、境内が海に面した珍しい寺で夏は海水浴やバーベキューで賑わう。日本全国から集められた花木(アジサイや竹、桜、萩など)で四季折々の自然が楽しめる「まんだら園」も魅力的。毎月28日10時から行われる護摩には全国から大勢の信者が集う。四国別格二十霊場18番札所、四国三十六不動霊場31番札所、讃岐十二支霊場卯年守り本尊文殊菩薩札所。
寺伝によると、7歳の弘法大師が人々を救いたいと発心、「わが願いが叶うなら釈迦如来よ姿を現したまえ、もし叶わぬのならこの身を諸仏に捧げる」と我拝師山の断崖から身を投げた。すると釈迦如来と天女が現れ、天女に抱きとめられたという。
真言宗善通寺派の総本山で、四国霊場第75番札所。弘法大師(空海)誕生の地として有名で、京都の東寺、和歌山の高野山とともに弘法大師三大霊跡の一つ。広大な境内は東西2つの院に分かれ、東院には五重塔、金堂、釈迦堂などが立ち並ぶ。誕生院とも呼ばれる西院は、御影堂に戒壇巡りの暗い地下道が設けられ、奥殿は大師誕生の場所とされる。宝物館には、地蔵菩薩立像や吉祥天立像(ともに国指定重要文化財)をはじめ数々の寺宝が展示してある。
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