安楽寺
古くから温泉があったこの地を訪れた弘法大師が、温泉湯治のご利益を伝えた全国でも珍しい寺で、山号を温泉山という。大師自らが、現世の病気や災厄を救ってくれるという薬師如来を彫り本尊とした。現在の本尊は、難病快癒のお礼に奉納されたもので、元来の胎内仏として納められている。寺内には、京都大仏師・松本明慶師が彫った仏像が50体も安置されている。宿坊は、駅路寺(宿に困ったお遍路さんを泊める藩指定の寺)と定められてから400年以上の歴史を持っている。宿坊としても喜ばれている。
ジャンル/こだわり条件等を指定して検索できます。
古くから温泉があったこの地を訪れた弘法大師が、温泉湯治のご利益を伝えた全国でも珍しい寺で、山号を温泉山という。大師自らが、現世の病気や災厄を救ってくれるという薬師如来を彫り本尊とした。現在の本尊は、難病快癒のお礼に奉納されたもので、元来の胎内仏として納められている。寺内には、京都大仏師・松本明慶師が彫った仏像が50体も安置されている。宿坊は、駅路寺(宿に困ったお遍路さんを泊める藩指定の寺)と定められてから400年以上の歴史を持っている。宿坊としても喜ばれている。
寺は山の中腹にあり、仁王門から333段の石段を上ると本堂が、さらにその先、大塔へ続く。切幡の名は、機織り娘の伝説に由来。弘法大師が巡錫中の弘仁6年(815)、衣が傷んだので娘に繕いの布を求めると、織っていた布を惜しげもなく切り取ってくれた。その礼に娘の願いを聞き、亡き父母のために一夜で千手観音像を刻み、娘に灌頂を授けると、娘は観音菩薩の姿に変わったという。本堂には本尊の千手観音のほかに、機織り娘が即身成仏となった観音(秘仏)も安置されている。
中国風の鐘楼門をくぐり石段を上ると本堂が、その左手の石段を上ると大師堂がある。人間がもつ生・老・病・死・怨憎会苦・愛別離苦・求不得苦・五陰盛苦という八つの苦しみを阿弥陀如来の慈悲により乗り越え、極楽浄土の十の楽しみを得られるようにと、十楽寺と名付けられた。3kmほど離れた十楽寺谷堂ケ原で弘法大師が阿弥陀如来を感得し、尊像を刻んで開基したと伝える。大伽藍を誇る大寺院であったが、天正年間(1573~92)の長宗我部勢の兵火で焼失。寛永年間(1624~44)に現在地に再建。本尊だけは焼ける本堂の中から住職(真然)が背負って逃げたため無事で、創建時より伝わる大変貴重なもの。
大麻比古大神と猿田彦大神をまつり、県下一の社格を誇る阿波の国一ノ宮。約1kmにわたって参道が続き、境内には樹齢1000年を超える御神木の大楠がそびえ立つ。うっそうとした木立に囲まれた本殿は重厚な趣がある。
奥の院にある五百羅漢が珍しい羅漢寺としても知られるが、本尊は地蔵菩薩。嵯峨天皇の勅願を受けた弘法大師が1寸8分(約5cm)の勝軍地蔵菩薩を刻んで本尊とし開基。こうした小さな仏像は山伏などが笈に入れて旅したもので、おそらく熊野修験が寺の起源と見られている。その後、浄函上人が1尺7寸(約50cm)の延命地蔵尊を刻み、大師作の勝軍地蔵菩薩を胎内に納めた。貴人や、義経、蜂須賀家など武将たちの信仰も厚く、寺は栄えたが、長宗我部勢の兵火で焼失。現在の建物はその後に再建されたもの。
延暦8年(789)に弘法大師が創建したという四国霊場第66番札所。香川県の大野原からロープウェイで登り、雲辺寺山(標高927m)山頂は徳島県。四国霊場で最も高所にあるため、「四国高野」ともいう。静寂な境内に本堂、大師堂などが立ち並ぶ。
聖武天皇の命で全国に建立された国分寺の一つで、行基が開基。当時は鎮護国家の祈願所として七重塔を備えた大伽藍だったが、天正年間(1573~92)の長宗我部勢の兵火により堂塔は焼失。その後、寛保元年(1741)に吼山養師和尚により再建されたときに曹洞宗寺院となる。天保年間(1830~44)に大師堂が建つなど、長い年月をかけて再建。現在の重層入母屋造の本堂は文化文政年間(1804~30)に再建、聖武天皇と光明皇后の位牌が祀られている。境内には地元阿波産の青石の巨石を使った豪快な石組の名勝阿波国分寺庭園がある。
霊山寺の西、約1kmのところにある四国霊場第2番札所。朱塗りの仁王門をくぐると美しい日本庭園が広がり、その先に弘法大師が植えたという長命杉がある。本堂には平安時代末期の作とされる本尊の阿弥陀如来坐像(重要文化財)を安置。
奥深い山を背に本堂が立つこの寺は、弘法大師が42歳の時に厄難を除こうと刻んだ薬師如来像が本尊として祀られている。渓流の清らかなこの地に心打たれ、現在の境内からさらに山中に入った八畳岩の上に護摩壇を築いて17日間修行を積み、五色の藤を植えたことから寺の名が付けられた。平安時代には真言密教の道場として栄え、七堂伽藍が並んだが、戦国期に長宗我部勢の兵火で焼失。延宝年間(1673~81)に臨済宗の南山禅師が再興し、現在の宗派に改めた。八畳岩から12番札所への遍路道は難所として有名。
延暦11年(792)、弘法大師が厄除祈願をしていると薬師如来が現れ、加持をするための水を求めて杖で掘ると乳白色の水が湧き上がり、その霊水で体を清め、薬師如来像を刻み本尊として安置したという。この水により人々が平等に救済されるようにと願いを込め寺号を付けた。本堂左手の井戸は、万病に効く「弘法の水」として崇められている。また、健脚に霊験あらたかで、ご利益を授かった参拝者が奉納した木製の車が、本堂に並べられている。本堂内の頭上には草花を描いた天井画が見事、一見の価値あり。
運行情報はありません。
路線が登録されていません。
路線登録で登録した路線の運行情報が表示されます。
路線を登録すると、登録した路線の運行情報が右サイドで表示される機能です。
トップページ、電車関連ページで表示されます。
エリアを登録すると、登録したエリアの天気情報が表示されます。