椎崎諏訪神社
加茂湖東岸の小高い丘にあり、加茂湖の夕焼けが眺望できる。境内の能舞台では8月を除く5~10月に古式ゆかしい薪能[たきぎのう]が演じられる。舞台はふだんは戸が閉めてあるが、外観は見学自由。
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加茂湖東岸の小高い丘にあり、加茂湖の夕焼けが眺望できる。境内の能舞台では8月を除く5~10月に古式ゆかしい薪能[たきぎのう]が演じられる。舞台はふだんは戸が閉めてあるが、外観は見学自由。
日蓮聖人が毎日朝日を拝んで、父母を追慕したといわれる地に建てられた寺。日蓮聖人の袈裟掛けの松や千年杉がそそり立つ。長谷川左近作の三番叟[さんばんそう]絵馬は寛永元年作で日本最古のもの。
日蓮宗の霊場の一つ。佐渡遠流を赦免された日蓮聖人が八幡大菩薩に導かれ番神岬に上陸、真言宗であった番神堂を日蓮宗に改宗した。八幡大菩薩など30番神を勧請したのが始まりという。明治10年(1877)に再建された堂の外回りには鳳凰と桐、水と亀など桃山風の彫刻がある。
佐渡が京都の鬼門にあたるとして弘法大師が開基した古寺。嵯峨天皇の勅願寺ともいわれる。金堂は室町時代の建物で、弘法堂、骨堂とともに国の重要文化財に指定。7月には境内に7000本のアジサイが咲き乱れ、「アジサイ寺」ともよばれている。
曹洞宗の古刹で、本堂は新潟県文化財に指定されている。上杉景勝と直江兼続が「喜平次」「与六」と呼ばれていた幼少期に、名僧北高全祝[ほっこうぜんしゅく]や通天存達[つうてんそんたつ]から学問や名将となる基礎を学んだ。赤門から本堂までの石畳の下に法華経が記された小石が埋められており、踏みしめてお参りをすると利益に預かると伝えられている。また宝物殿には上杉家ゆかりの品を展示している。
鎌倉時代、大納言京極為兼[きょうごくためかね]卿が佐渡に流された時の往復の旅宿であったと伝えられる寺。佐渡七福神の一つ、京極毘沙門天図は馬堀法眼[まほりほうがん]画伯の描いたもの。拝観は自由。
周辺に老杉・老松が茂る、国上山[くがみやま]中腹にある真言宗の名刹。和銅2年(709)創建。本尊は、行基菩薩の作と伝わる阿弥陀如来像。境内には酒呑童子の鏡井戸、義経ゆかりの六角堂など伝説の残る史跡が多い。現在の伽藍は客僧萬元上人により、享保3年(1718)に再建されたもの。
五智国分寺の西方、小高い丘の上にある。延喜式にも登場する古社で、越後一之宮としての格式を誇る。大国主命[おおくにぬしのみこと]と奴奈川姫[ぬながわひめ]の結婚伝説がある。珍しい片葉の葦も群生。
文永9年(1272)日蓮聖人は塚原三昧堂(根本寺)からここに移され、在島の大部分を過ごした。『観心本尊抄』[かんじんほんぞんしょう]や『十界曼陀羅』[じっかいまんだら]を著し、教義を確立した霊跡。大きな茅葺きの本堂前には日蓮聖人の腰掛け石がある。
初代佐渡奉行の大久保長安[ながやす]が開いた寺。山門へは美しい石畳が続く。長安が自分の死後の冥福を祈った逆修塔[ぎゃくしゅうとう]と、佐渡一国検地を行った河村彦左衛門を供養して建てられた五輪塔[ごりんとう]は国指定の史跡。また、墓地後方に密生するタブの木の準原生林も見落とせない。
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