夢二郷土美術館 夢二生家記念館・少年山荘
岡山出身で大正浪漫を代表する詩人画家竹久夢二のふるさとで夢二芸術の原点が体感できる美術館。夢二が16歳までを過ごした部屋も残る築約250年の茅葺屋根の生家を美術館として公開し、この美術館が誇る季節に合わせた肉筆作品の特別展示も楽しむことができる。また、夢二自らが設計したアトリエ兼住居を復元した「少年山荘」では夢二の人生・デザイン・音楽をテーマにした作品を展示。和カフェ「椿茶房」も人気。
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岡山出身で大正浪漫を代表する詩人画家竹久夢二のふるさとで夢二芸術の原点が体感できる美術館。夢二が16歳までを過ごした部屋も残る築約250年の茅葺屋根の生家を美術館として公開し、この美術館が誇る季節に合わせた肉筆作品の特別展示も楽しむことができる。また、夢二自らが設計したアトリエ兼住居を復元した「少年山荘」では夢二の人生・デザイン・音楽をテーマにした作品を展示。和カフェ「椿茶房」も人気。
瀬戸内海を航行する船舶の標識として、牛窓に初めて燈台が建設されたのが17世紀後半。明治時代に撤去されたが、昭和63年(1988)に現在の位置に再建された。港町ならではの風景と、風情ある木造建築のコントラストは必見。
明治時代に建てられた旧牛窓警察署の本館を利用した資料館。江戸時代、牛窓に12回寄港した朝鮮通信使の衣装や、当時の町を描いた絵画などの貴重な資料は朝鮮通信使資料室で。岡山県指定重要有形民俗文化財の船型山車は、だんじり展示室で見られる。所要20分。
標高508mの熊山山頂にある、マヤ遺跡のピラミッドを思わせるなぞの石積み。幾何学的構図をもち、岩盤を取り入れた基段の上に、三段の石積が築成されている。特徴は二段目の各面の中央に龕[がん]が設けられている点だ。築成は奈良時代で、石積の材質は流紋岩。熊山駅から徒歩2時間のハイキングコースもある。
約200年前に建てられた藩家老格、160石取りの渡辺家の屋敷。白壁に囲まれた敷地は250坪、長屋門、母屋、土蔵などが残る。質素な造りが印象的。
保存地区は駅の北側、城山・太鼓山を背に広がる。高田神社、化生寺といった寺社群をはじめ郷土資料館、武家屋敷館、大正時代末頃まで鉄や農産物の輸送に使われていた高瀬舟の発着場跡などとみどころが多い。民家の軒先に下げられた草木染めのれんが風情を感じさせる。第二次大戦中疎開してきた文豪・谷崎潤一郎もこの地を愛した。特産品に高田硯や銀沫(ぎんしぶき)などがある。
明治40年(1970)に建てられ、平成2年(1990)まで使用されていた。迎賓館を思わせる明治のモダンな小学校舎。豪奢な洋風建築は檜材の格天井、幅広の回り階段など宮大工による丁寧な造り。
鳥取藩主が参勤交代の折に本陣として利用した大原本陣が現存する旧因幡街道の宿場町。御成門と数寄屋造の御殿が当時の姿を伝える。近くには脇本陣もあり、観光案内所では休憩もできる。また、造り酒屋で予約すれば酒蔵見学ができ、試飲も可能。ひなまつりでは60軒の民家にひなが飾られ、夏祭りや秋祭りなど舞台は華やかになる。
武蔵の里にあり、武蔵が少年期を過ごしたところ。昭和時代に焼失し、昭和17年(1942)に現在の瓦葺の建物となる。隣接するかやぶき屋根の平尾家は武蔵の姉おぎんの次男が住み、武蔵家を相続したという。ともに見学は外観のみ。
旧矢掛本陣から約400m東にある。金融業で財をなした高草家は、江戸時代末期に本陣の予備的施設である脇本陣に指定された。高草家には家老らが宿泊したといわれ、出格子を構えた屋敷の奥には茶室や白壁の土蔵群が並んでいる。※高草家の高は正式には「はしごだか」。
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