英国館
明治後期に英国人建築家によって建てられた、医師フデセック氏の診療所と住居であった館。コロニアル様式の美しい外観。館内では、17世紀バロックからヴィクトリア時代のアンティークを中心に、格調高い家具調度品を楽しめる。2階には「シャーロックホームズの部屋」が再現され、ホームズの衣装を着て館内を散策することができ、気分はもうイギリス。
- 「三宮(神戸市営)駅」から徒歩13分/「三ノ宮(JR)駅」から徒歩13分
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明治後期に英国人建築家によって建てられた、医師フデセック氏の診療所と住居であった館。コロニアル様式の美しい外観。館内では、17世紀バロックからヴィクトリア時代のアンティークを中心に、格調高い家具調度品を楽しめる。2階には「シャーロックホームズの部屋」が再現され、ホームズの衣装を着て館内を散策することができ、気分はもうイギリス。
長屋風に2軒の建物が左右対称に配置されたかつての外国人向けのアパルトマンは、下見板張り・オイルペンキ塗りの外装で、神戸異人館としての代表的な建築様式。館内にはエコール・ド・パリの絵画が壁を飾り、アールヌーボーの花形作家ガレやドーム兄弟によるグラスアートの作品やフランスからの輸入家具を展示している。貴重な初期のルイ・ヴィトンのトランクも必見。芸術の都、パリの息吹を感じてみよう。
神戸のシビックプライドを表現するモニュメント「BEKOBE」の2代目。ポートアイランドの西側に位置する「ポーアイしおさい公園」にされている。ロゴの内側が切り抜かれたデザインで、対岸の背景や太陽の光などがデザインの一部として映し出され印象的。
領有関係が複雑だった尼崎藩の領地の境を示した碑。江戸時代は西川村内で樋ノ口、新堤、山ノ下に3基の碑があったとされるが、この碑は樋ノ口にあったものと見られている。
塔と金堂が東西に並び、北側には講堂を配した「法隆寺式」伽藍配置の白鳳時代の寺院跡。織田信長勢による荒木村重の居城「有岡城」攻略の際に焼失したのではないかとされる。昭和27年(1952)と33年(1958)の発掘調査で、川原寺式の軒瓦や鬼瓦なども見つかった。現在は大正年間に塔跡から運び出された塔心礎のみが残る。
天正2年(1574)、織田信長が武将・荒木村重に命じて花隈城を築かせたが、後に村重が離反して信長に攻められ、天正8年(1580)に落城。その跡地が公園になっている。
元和5年(1619)、徳川家康のひ孫である小笠原忠政(のちの忠真)が築城した明石城を中心とした県立明石公園。重要文化財である、坤[ひつじさる]・巽[たつみ]の両櫓は、全国に12基しか現存しない希少な三重櫓のうちの2つ。両櫓を結ぶ美しい白壁の土塀や、全国有数の長さといわれる東西380mの石垣など見所満載。芝生広場や、剛ノ池でのボート、運動施設など、市民の憩いの場として親しまれている。甲子園球場約13個分もの広大な敷地を誇り、JR明石駅より徒歩5分の抜群のアクセスで春は桜、秋は紅葉目当てにたくさんの来園者でにぎわう。
藩主脇坂氏の上屋敷跡。その昔、ここからの眺望絶佳をたたえて「聚遠の門」と呼ばれ、いつの頃からか聚遠亭と名づけられた。孝明天皇から拝領したと伝えられる浮堂の茶室を中心に、藩主の御涼所や茶室楽庵[らくあん]、井原西鶴の碑などがある。
龍野藩内屈指の大地主で、藩から在郷家臣の待遇を受けた永富家の住宅で、江戸後期の豪農の暮らしを今に伝えている。文政5年(1822)に完成した入母屋造・本瓦葺の主屋は建物だけで500平方m余り。この主屋と長屋門、籾納屋、土蔵5棟、建築時の記録を記した絵図面、普請帳[ふしんちょう]が重要文化財に指定されている。
主君浅野内匠頭長矩[あさのたくみのかみながのり]の刃傷事件を急報するため、江戸から早かごで四昼夜半を駆け抜いた早水藤左衛門[はやみとうざえもん]と萱野三平[かやのさんぺい]が城に入る前、一息ついたという井戸。赤穂では井戸水に海水が混じるため、江戸初期に千種川上流から水を引いて上水道を整備した。この井戸にも上水道が引かれ、人々の暮らしを支えた。日本三大上水道の一つとされる。
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