一願不動(岩船不動明王立像)
高さ約1.2mのお不動さん。厳しさの中にどこか親しみを感じる表情が印象的。願い事をただ1つだけ一心にお願いすれば叶えてくれるという。弘安10年(1287)作。
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高さ約1.2mのお不動さん。厳しさの中にどこか親しみを感じる表情が印象的。願い事をただ1つだけ一心にお願いすれば叶えてくれるという。弘安10年(1287)作。
明智光秀が丹波平定時に築城し、亀岡は城下町として次第に発展。その後、江戸初期に五重の天守に改築。その美しさから亀宝城とも呼ばれていたが、現在は苔むした石垣と内堀が往時を物語るのみ。城跡を含む一帯は宗教法人大本[おおもと]の敷地内となっているため、見学は当日受付に申し出ること。
後水尾上皇により、万治2年(1659)に造営された離宮。比叡山の裾野に広がる広大な敷地に、松並木で結ばれた下離宮、中離宮、上離宮という3つの庭園が配されている。表総門を入った所が下離宮で、数寄屋造の寿月観[じゅげつかん]がある。続く中離宮は、華麗な装飾が施された客殿が見事で、天下の三棚の一つの霞棚も忘れずに見たい。上離宮は、浴龍池を中心に茶屋を配した大庭園。山腹に立つ隣雲亭からの眺望はすばらしい。ぜひ訪れたい洛北随一のスポット。
錫杖を持った三体の地蔵菩薩は、三界の霊を供養する意味がある。中央の仏が少しだけ大きい。
古来より絹織物の産地だった与謝野町加悦地区には、江戸期から昭和初期の建物が今なお残り、国の重要伝統的建造物群保存地区に指定された「ちりめん街道」がある。その街道沿いに文久3年(1863)に建てられた屋敷。尾藤家は代々大庄屋を務め、生糸ちりめん問屋として、また北前船をもつなどして繁栄した。
京・大坂の境にある要衝地に、徳川幕府が築いた城。享保8年(1723)からは幕末まで稲葉氏十万二千石の居城であった。明治維新で破却されたが、本丸跡の石垣と内濠の一部が残り、往時を偲ばせている。また、秀吉の愛妾淀君の館が、淀城北東500mの納所妙教寺あたりにあったと伝えられている。
火伏せの神を祭る愛宕神社への献灯籠。上に行くほど細くなり、にょきっと立つ姿はなんともユーモラス。火袋をほっただけの簡素な形は、現代彫刻をも思わせる。
直径70mの大型円墳を整備した歴史公園。1500年前の王の墓といわれ、発掘結果に基づき築造当初の姿に復元された。副葬品は綾部市資料館で見られる。
秦氏の墓と考えられている京都市屈指の古墳。7世紀初頭の前方後円墳で、巨石を積んだ横穴式石室が露出している。玄室の長さは約7m。
中央に地蔵菩薩、向かって左に阿弥陀如来、右に十一面観音という珍しい配置。地蔵菩薩の額には白毫を嵌めた跡が残っている。弘長2年(1262)の作で、当尾の石仏最古。
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