
蛇塚古墳
秦氏の墓と考えられている京都市屈指の古墳。7世紀初頭の前方後円墳で、巨石を積んだ横穴式石室が露出している。玄室の長さは約7m。
- 「帷子ノ辻駅」から徒歩7分/「撮影所前駅」から徒歩8分
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秦氏の墓と考えられている京都市屈指の古墳。7世紀初頭の前方後円墳で、巨石を積んだ横穴式石室が露出している。玄室の長さは約7m。
丹下左膳役で有名な昭和初期の俳優、大河内伝次郎の別荘。小倉山[おぐらやま]の山裾の起伏を利用して、桜や楓、松などを植え込んだ広大な庭は趣が深く、展望台の眺望もよい。登録有形文化財。
明治天皇の御陵で、東西127m、南北155mにもわたる。上円下方の形で、それぞれ3段に築成。表面は小石に覆われ、周囲には2重の玉垣がある。陵内は広く、参道には玉砂利が敷かれ、木々が茂る大きな森になっていて、荘厳な雰囲気。明治天皇陵の東には、同形の昭憲皇太后伏見桃山東陵が並んでいる。
中央に地蔵菩薩、向かって左に阿弥陀如来、右に十一面観音という珍しい配置。地蔵菩薩の額には白毫を嵌めた跡が残っている。弘長2年(1262)の作で、当尾の石仏最古。
現代では珍しくなった茅葺き屋根の民家が数多く立ち並び、その美観から平成5年(1993)に国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された美山町地区の集落・北。家屋約50戸のうち39棟が北山型の入母屋造、茅葺き屋根の民家で江戸末期の建築。懐かしい里山の雰囲気が漂う茅葺き屋根の家々は、今も人々が暮らす現役の住居。年に2回行われる一斉放水は一見の価値あり。地区内には茅葺き屋根民家で民宿を営業している家もあり、宿泊するのもまた一興。
酒造業、廻船業、糸問屋など幅広く商売をする一方で、宮津藩の財政や町政にも深く関わっていた豪商の屋敷。美しい白壁の風格ある建物で、茶室や座視観賞式庭園もある。主屋は外壁・柱や垂木を壁土や漆喰で塗り込めた大壁造りを用いて、徹底した防火構造になっている。カフェを併設し、“楽しめる文化財”として音楽ライブや踊り披露会など各種発表会や講演会などの会場、フォトウェディングや七五三、各種撮影会等にも利用できる。
上賀茂神社の南、賀茂社から流れ出る明神川に沿って、石垣を積み、白い土塀で囲った家が30軒余り続く。これらは同神社の神官らが住んだ屋敷(社家)で、風格のある家並みは、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている。そのなかで数寄屋造の西村家別邸(錦部家旧宅)(料金:500円)が公開されており、社家の内部をうかがうことができる。
高さ約1.2mのお不動さん。厳しさの中にどこか親しみを感じる表情が印象的。願い事をただ1つだけ一心にお願いすれば叶えてくれるという。弘安10年(1287)作。
京都御所、京都仙洞[せんとう]御所、京都大宮御所などを囲む広大な国民公園。東西約700m、南北1.3kmに及ぶ敷地には、東京遷都まで宮家や公家の邸宅が立ち並んでいた。現在は樹齢100年を越える樹林の中、砂利道が真っすぐに続き、緑の芝生に桜、梅など多くの花木も植えられて、四季折々の変化を楽しめる。苑内には蛤御門や近衞邸跡、閑院宮邸跡、九條家ゆかりの茶室拾翠亭など、歴史をしのぶ建物や庭園が残るほか、閑院宮邸跡収納展示館や京都御苑情報館もあり、京都御苑を詳しく知ることができるのでおすすめだ。
ひなびた茅葺き屋根の庵は、松尾芭蕉の高弟である向井去来[むかいきょらい]の草庵跡。芭蕉も訪れ「嵯峨日記」を著した。草庵の玄関にはかつての主の在宅を告げた蓑と笠がかけられ、庭には俳句の季語となる草木とともに去来や芭蕉などの句碑が立ち、投句箱もある。登録有形文化財。
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