武田信玄公像
JR甲府駅南口駅前に鎮座する信玄公の座像。昭和44年(1969)に完成、昭和60年(1985)に駅ビル西側の現在の場所へ移設された。御影石の台座も含めた像の高さは6.2m、重さは5tもあり、堂々の風格。記念撮影スポットとして人気。
- 「甲府駅」から徒歩2分/「金手駅」から徒歩20分
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JR甲府駅南口駅前に鎮座する信玄公の座像。昭和44年(1969)に完成、昭和60年(1985)に駅ビル西側の現在の場所へ移設された。御影石の台座も含めた像の高さは6.2m、重さは5tもあり、堂々の風格。記念撮影スポットとして人気。
江戸中期の宝永5年(1708)築の旧名主の家。茅葺きの主屋のほか茶室、蔵などがあり、庭園には松の巨木が立つ。11月中旬~12月上旬は紅葉が美しい。2月~4月初旬頃まで「安藤家の雛祭り」が行われ、江戸後期~昭和中頃までの色々なお雛様を楽しめる。
天正元年(1573)、上洛を目指した信玄は信濃・駒場(現・長野県下伊那郡阿智村)で病没した。勝頼は信玄の死を伏せ、遺骸をひそかに甲斐国に戻し、3年後に二十四将の一人とされる土屋右衛門昌次の邸内で荼毘[だび]に付したといわれる。なお、信玄の正式な葬儀は天正4年(1576)に恵林寺で行われた。
武田信玄の叔父で、戦国時代にこの地を治めたことから勝沼氏を名乗った五郎信友[ごろうのぶとも]の館跡。当時の交通の要衝であった。建物は残っていないが多くの遺構がある。広大な敷地の一部が整備され、史跡公園になっている。
江戸中期に幕府の命を受け、薬用植物・甘草[かんぞう]を栽培した高野家の旧屋敷。200年を経た建物は、正面中央に突き上げ屋根が2段ある切妻造に甲州の古民家の特徴が見られる。古くから甘草屋敷の名で呼ばれ、館内には生活道具のほか、薬草に関する様々な文書や道具類も展示。周囲には薬草園もある。
秀麗な富士山の絶景スポット「FUJIYAMAツインテラス」への玄関口であり、芦川のすずらん群生地の最寄り駐車場でもあるすずらん群生地駐車場に設置された観光交流施設。広々としたウッドデッキに、ツインテラスへの専用バスの受け付けをする観光案内所をはじめ、カフェやショップを備えたトレーラーハウスが立ち、山岳リゾートの雰囲気。専用バスの乗車前や、FUJIYAMAツインテラス観光後のコーヒーブレイクに格好で、店内のテーブル席や屋外のテラス席でのんびりと寛げる。観光案内所のスタッフによる近隣のおすすめスポットを参考に、自然豊かな芦川エリアの田舎体験も楽しみたい。
昭和13年(1938)、清里開拓の父ポール・ラッシュ博士が建設した研修施設が清泉寮。現在は公益財団法人キープ協会の広大な敷地の中心施設であり、観光宿泊施設として営業。レストランやソフトクリーム・乳製品を販売する売店なども人気。敷地内にはポール・ラッシュ博士の業績を紹介するポール・ラッシュ記念館、八ケ岳の自然情報や動植物を展示する山梨県立八ケ岳自然ふれあいセンターなど多彩な施設が点在し、週末や祝日、ハイシーズンには牧草地や自然歩道にて各種体験プログラムを開催するほか、清泉寮ファームショップ周辺ではジャージー牛の放牧を行っている。
御師は、江戸時代に、富士山に登拝する富士講信者の宿泊や食事の世話をし、日常は富士山信仰の布教活動と祈祷を行った。現在の富士吉田市上吉田地区には、最盛期には80軒以上の御師の家があったという。現存する約20軒のうち一般公開されているのが旧外川家住宅。明和5年(1768)建造の主屋と、立派な御神前(神棚)を備える離れ座敷があり、内部には外川家で使用されてきた道具類や登山の装束などの富士講の資料が展示されている。国指定重要文化財であり、世界遺産「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」の構成資産となっている。
河口湖東岸に突き出した小さな岬で、波のない早朝に湖面に映る逆さ富士の展望地として有名。ここを訪れた松尾芭蕉[まつおばしょう]の句碑、富士の写真家として知られた岡田紅陽[おかだこうよう]の胸像などが立つ。突端の岩の上にある小祠には、富士の祭神・木花開耶姫命[このはなさくやひめのみこと]が祀られている。姫がこの地で出産をしたとの伝説から岬の名が付いた。
河口湖の水を、増水防止と新倉村(現富士吉田市)へ灌漑用のため、江戸時代に約170年をかけて貫いた手掘りトンネルを保存。全長3.8kmのうち100mほどが見学できる。入口の建物内には模型などで工事の様子を再現した資料室もある。所要30分。
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