
反町館跡
新田地区には新田一族ゆかりの史跡が点在。8代目義貞[よしさだ]が成人後に居住したと伝えられるのが、この館だ。かつては三重の塁濠に囲まれた堅固な平城であった。現在は照明寺境内になり、本堂裏には「不鳴之池[なかずのいけ]」とよばれる日本庭園がある。また、照明寺は厄除け薬師の寺としても親しまれている。
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新田地区には新田一族ゆかりの史跡が点在。8代目義貞[よしさだ]が成人後に居住したと伝えられるのが、この館だ。かつては三重の塁濠に囲まれた堅固な平城であった。現在は照明寺境内になり、本堂裏には「不鳴之池[なかずのいけ]」とよばれる日本庭園がある。また、照明寺は厄除け薬師の寺としても親しまれている。
江戸時代の名主を務めた旧家。北関東でよく見られる中規模農家住宅で、17世紀末の建築と伝わる。県内最古の民家の1つで国の重要文化財となっている。また平成26年(2014)、屋根の葺き替え工事の際にこの地域特有の土と芝で棟を押さえた「くれぐし」も復元され、5月頃にはイチハツの花も楽しめる。
世界遺産「富岡製糸場と絹産業遺産群」の構成資産の1つで、正式な名称は「荒船・東谷風穴蚕種貯蔵所跡」。明治38年(1905)に、地元養蚕農家の庭屋静太郎によって建造された蚕種貯蔵風穴(蚕種貯蔵施設)のこと。下仁田町西端の標高840mの山中にあり、夏でも2℃前後の冷風が吹き出す岩の隙間の周りに石積みを築き、土蔵造りの建屋を設けた施設で日本最大規模を誇った。ここで全国各地から送られて来た蚕種を貯蔵し、孵化時期を調整することで、一年に数回の養蚕が可能に。見学者広場には冷風体験室もある。9時30分~16時には無料解説員も駐在。
高さ15m、幅11mの崖に、大小約50個の恐竜の足跡が残る。いずれも二足歩行の恐竜のものと思われ、大きなものは長さが57cm、深さは25cmある。崖は約1億2000万年前の中生代の地層で、その当時は海に面していたため、さざ波の漣痕[れんこん]模様が見られる。
生活用具、古文書、祭事道具など、水上や群馬県北地方の歴史を幅広く紹介する資料を展示。所要20分。
昭和3年(1928)の開業当時の姿を残す電車庫をはじめ、希少な電車や電気機関車などを間近で見学できる。
吹割の滝から遊歩道を150m北に進み、橋を渡ると浮島。アカマツに覆われた観音堂には、名工・左甚五郎[ひだりじんごろう]作と伝えられる木彫像の如意輪観音像が安置されている。
この記念館は、昭和9年(1934)桐生織物同業組合の事務所として建設された建物。平成9年(1997)に国(文化庁)の登録有形文化財、平成28年(2016)に日本遺産として、また、経済産業省の近代化産業遺産にも平成19年(2007)認定されている。織物記念館2階の織物資料展示室では、桐生織物の歴史や製造工程などについてもビデオ観賞でき、伝統的工芸品「桐生織」の製品や古い手織り機・織物道具なども展示されている。1階の展示販売場では和装・洋装のそれぞれのブースが設けられ桐生織物製品が展示販売されている。月に一度企画展を開催している。
安中城址に復元された江戸時代の建物。領内の農民を治めていた郡奉行役の家を、古文書類をもとに平成6年(1994)に復元したもので、座敷や上段の間などが当時の雰囲気を伝える。すぐ近くには家臣の住んでいた武家長屋も復元されている。4軒続きの長屋の全長は約47m。所要30分。
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