徳川八代将軍御汲上げの碑
江戸幕府八代将軍、徳川吉宗が江戸に数回湯を運ばせ入浴したため、その記念として建立したもの。
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江戸幕府八代将軍、徳川吉宗が江戸に数回湯を運ばせ入浴したため、その記念として建立したもの。
日本の近代医学発展に貢献するとともに、草津温泉をこよなく愛し世界に紹介したドイツ人医師・ベルツ博士と共同研究者・スクリバ博士の胸像。
高峰三枝子[たかみねみえこ]が歌った昭和初期のヒット曲『湖畔の宿』にちなんで記念に造られた公園。榛名湖と榛名富士を一望する展望広場には、「乙女の像」の彫刻ほか、自動センサーでメロディーが流れる『湖畔の宿』の歌碑がある。
約400年前に建てられた堂。三間四方の茅葺き屋根に唐風様式の建築は、重厚な雰囲気。堂内には温泉で病気を治す祈願を込めた薬師如来が安置されている。堂の隣りにある「御夢想[ごむそう]の湯」(9~15時)は、無料で利用できる共同浴場で、地元の人にも愛用されている。
安中城址に復元された江戸時代の建物。領内の農民を治めていた郡奉行役の家を、古文書類をもとに平成6年(1994)に復元したもので、座敷や上段の間などが当時の雰囲気を伝える。すぐ近くには家臣の住んでいた武家長屋も復元されている。4軒続きの長屋の全長は約47m。所要30分。
室町時代の小幡氏にはじまり、織田氏、松平氏の支配下に栄えてきた小幡藩の城下町。織田信長の次男・信雄[のぶかつ]が小幡織田藩の藩祖で元名元年(1615)から明和4年(1767)にかけて8代152年にわたって統治した。現在も幅14mの中小路に武家屋敷の白壁が続く。なかには下級武士が上級武士から身を隠すためのものともいわれる、道が2回直角に折れた喰い違い郭[くるわ]などが残る。
近代養蚕技術の基本となった養蚕法「清温育」を創始した高山社発祥の地。母屋兼蚕室のほか、蚕室跡の石垣、江戸期の長屋門などが残る。
松井田~軽井沢間にある交通の難所・碓氷峠を行き来した旧信越本線の鉄道施設。アプト式と呼ばれる運転方式が採用され、約70年運用された。丸山変電所は、大正元年(1912)の電化時の建設。蓄電室と機械室からなるレンガ造りの建物だ。現在はかつての鉄道路線が遊歩道「アプトの道」に。数多くの橋梁や隧道と共に国の指定重要文化財「碓氷峠鉄道施設」の1つとされている。遊歩道「アプトの道」上にあるため、車では直接アクセスできない。
昭和3年(1928)の開業当時の姿を残す電車庫をはじめ、希少な電車や電気機関車などを間近で見学できる。
安中藩出身の明治時代の教育家で、同志社大学を創設した新島襄ゆかりの家。明治7年(1874)に米国から帰国した際、この地で両親と再会を果たした。展示室には写真や資料が展示されている。
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