西検番事務所
大正11年(1922)、芸妓の稽古場や事務所として建てられた瓦葺の建物。平成15年(2003)7月1日に国登録有形文化財に指定された。寄棟造り、下見板張りの洋風建築は、大正ロマンを偲ばせる。
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大正11年(1922)、芸妓の稽古場や事務所として建てられた瓦葺の建物。平成15年(2003)7月1日に国登録有形文化財に指定された。寄棟造り、下見板張りの洋風建築は、大正ロマンを偲ばせる。
金沢出身の文豪、泉鏡花の代表作『義血侠血』には浅野川が登場。梅ノ橋のそばにはヒロインの水芸人「滝の白糸」をイメージした像がある。センサーに手をかざすと水芸を始める。
卯辰山中腹の木立の中にある。幼い頃に母を亡くした鏡花が、よく遊んだ卯辰山を眺めながら詠んだ「はゝこひし夕山桜峰の松」という句が刻まれている。
築約200年の歴史を誇る大きなお茶屋建築で、金沢市指定保存建造物に選定されている。数々のドラマや映画の舞台にもなっており、豪華絢爛な客間や黄金の茶室などを、日中は一般に広く公開。併設のカフェでは名物「黄金くずきり」などの甘味を味わえ、漆喰造りの内蔵のギフトショップでは懐華樓オリジナル商品なども購入できる。夜は、4名から、2週間前までの要予約で「宵の会席」を提供。別料金で金沢芸妓を手配してくれるので、舞や太鼓の華やかなお座敷を堪能したい。お茶屋遊びを体験できる「艶遊会」は要チェック。
国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている主計町茶屋街の一角、中の橋袂にあるこぢんまりとした公園で、ベンチやトイレがあり、散策途中の一服に便利。藩政時代に金沢城を取り囲んでいた、広い堀と高い土居で外敵の侵入を防ぐ防御施設・惣構が築かれていた場所で、金沢市指定史跡・金沢城惣構跡の西内惣構跡主計町緑水苑内遺構として平成22年(2010)に惣構の一部が復元された。高さ約3mの土居からは公園全体を見渡せ、公園入口には泉鏡花の小説『化鳥』の文学碑も立つ。
かつて金沢城を造るための木材等を運んだ水路で、ゴリや鮎もとれたという大野庄用水。その東側の小路に一歩足を踏み入れれば、江戸時代に逆戻りしたかのような武家屋敷跡に入る。両側に土塀が連なる細い道は、突き当たっては曲がる迷路のよう。戦いの際に敵が一気に侵入するのを防ぐ構造になっている。土塀にのった光沢のある瓦は雪や雨の多い北陸地方独特のもので、釉薬をかけて焼いてある。休憩室や観光案内コーナーがある、長町武家屋敷休憩館(時間:9~17時、12月1日~3月15日は9時30分~17時、無休)にも立ち寄りたい。
文政3年(1820)に町割を改めお茶屋を集めたのが始まり。伝統と格式を誇り、文人や裕福な商人たちの社交場で、芸妓たちも琴・謡曲・茶の湯など、京都の祇園に並ぶ洗練された芸を身に付けていた。石畳の通りの両側には細かい木虫籠と呼ばれる格子のはまった家々が軒を連ね、情緒たっぷり。お茶屋は一見[いちげん]さんはお断りだが、夕方になると三味線や太鼓の音が静かに流れてくる。国の重要伝統的建造物群保存地区に指定。
早道飛脚[はやみちびきゃく]足軽の組屋敷地であった旧早道町(現幸町周辺)に残されていた高西家、清水家の2軒の足軽屋敷を移築し、内部を公開している。足軽とは身分の低い歩兵のことだが、加賀藩の足軽は、小さいながらも庭付きの一戸建てに住んでいた。また、間取りも接客空間を重視した武家屋敷の流れをくむ。職務、武術、世襲など足軽関係の文献資料も公開している。所要20分。
江戸時代中期の加賀藩の中級武士・寺島蔵人の屋敷。金沢城大手門跡そばの大手町に位置する屋敷は、18世紀中後期の建築で、土蔵、土塀とともに中級武士の屋敷の旧態をよく伝えている。庭園は三重九輪の塔を中心に広がる池泉回遊式庭園で、春にはドウダンツツジの白い花が咲き、秋は紅葉が美しい。蔵人は応養などの画号を持つ画家としても知られ、所蔵品とともに蔵人の画も展示している。また、庭園を眺めながら抹茶(有料)が味わえる。
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