佐賀市歴史民俗館
「佐賀市歴史民俗館」とは、旧長崎街道に点在している江戸~大正の7つの歴史的建造物の総称。洋風建築の「旧古賀銀行」、明治期上流階級の邸宅「旧古賀家」、明治期に米相場取引を主としていた「旧三省銀行」、佐賀城下に残る最古の町屋建築「旧牛島家」、大正期の近代和風住宅「旧福田家」、県下有数の大きな履物問屋「旧久富家」、煙草製造から呉服店へ転じた「旧森永家」の7館で、内部が無料公開されているほか、コンサートや展示会などのイベント会場としても利用されている。
- 「佐賀駅」から徒歩24分
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「佐賀市歴史民俗館」とは、旧長崎街道に点在している江戸~大正の7つの歴史的建造物の総称。洋風建築の「旧古賀銀行」、明治期上流階級の邸宅「旧古賀家」、明治期に米相場取引を主としていた「旧三省銀行」、佐賀城下に残る最古の町屋建築「旧牛島家」、大正期の近代和風住宅「旧福田家」、県下有数の大きな履物問屋「旧久富家」、煙草製造から呉服店へ転じた「旧森永家」の7館で、内部が無料公開されているほか、コンサートや展示会などのイベント会場としても利用されている。
豊臣秀吉が朝鮮出兵に際し、黒田官兵衛らに命じて天正20年(1592)に築城。総面積約17万平方mという当時大坂城に次ぐ規模ながら、わずか5カ月で主要部分を完成させた。名護屋城では茶会が盛んだったといわれ、周辺には草庵茶室跡や茶の湯に使った太閤井戸などが残る。現在、隣接して抹茶と庭園を楽しめる茶苑海月(時間:9~17時、無休)や、佐賀県立名護屋城博物館(時間:9~17時、休み:月曜、料金:秋の特別展のみ有料)がある。観光ガイドあり(要予約)。
登り窯を築くために用いた耐火レンガ(トンバイ)の廃材や使い捨ての窯道具、陶片を赤土で塗り固めて作った塀。その多くが上有田地区にあり、泉山の大イチョウから大樽の陶磁美術館までの通りに多く見られる。有田内山重要伝統的建造物群保存地区内。
有田町泉山の「上の番所」跡から岩谷川内の「下の番所」跡までの約2kmに及ぶ範囲には、江戸時代から昭和初期の建造物が軒を連ねる。伝統的町屋や洋館が調和した美しい町並みが形成されており、一帯は平成3年(1991)に国の重要伝統的建造物群保存地区に指定された。点在する磁器製の標識や看板、裏通りにあるトンバイ塀などがいかにも焼き物の町らしい。
有田焼で知られ、国選定の有田内山重要伝統的建造物群保存地区となっている有田内山にある洋館。平成30年(2018)12月、国の重要文化財に指定。明治初期に貿易商として活躍した田代家が、外国商人の宿泊・接待施設として明治9年(1876)に建てたもの。木造2階建、桟瓦葺、外壁は漆喰塗で和と洋が混在した擬洋風の建築になっている。館内では、パネルや資料展示で内山の町並みや幕末・明治初期の有田の様相などを紹介している。
陶山神社の境内から横の坂道を5分ほど登ったところに建てられている有田焼陶祖の記念碑。ここから有田の町並みが一望できる。有田内山重要伝統的建造物群保存地区内。
江戸時代から長崎街道の宿場町として栄えた肥前浜宿。酒造りが盛んで、古い酒蔵が立ち並ぶほか、白壁や茅葺の民家など、歴史的な建物を保存。古き良き時代の雰囲気を今に伝える。
佐賀藩の支藩、鹿島藩2万石の居城跡。築城は文化4年(1807)で、現在、城門(赤門および大手門)が残りともに県重要文化財に指定されている。このほか、石垣や掘が当時の面影を伝えている。城跡一体は旭ケ岡公園として整備されている。
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