
高燈籠
高さ27.6m、木造の燈籠としては日本一の高さを誇る琴平のシンボル的存在。丸亀沖を航行する船から明かりが見えるようにと約6年の歳月をかけて、安政6年(1859)に建てられた。
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高さ27.6m、木造の燈籠としては日本一の高さを誇る琴平のシンボル的存在。丸亀沖を航行する船から明かりが見えるようにと約6年の歳月をかけて、安政6年(1859)に建てられた。
標高約66mの亀山に築かれた平山城。内堀から天守へ幾重にも積み上げられた石垣は、扇の勾配と呼ばれる美しい曲線を描く。現在の城の大部分は、丸亀藩主になった山崎家治[やまざきいえはる](崎の字は正しくは山+竒)が寛永20年(1643)に再建へ向けて着手し、明治維新まで城主だった京極家に受け継がれた。城跡全域が国指定史跡で亀山公園として整備されており、天守、大手一の門、大手二の門は国指定重要文化財。天守は全国に現存する木造天守12城の一つだ。日本城郭協会の「日本100名城」にも選定されている。
歴代藩主が大茶屋と呼んで愛した数寄屋造の建物。小島が浮かぶ南湖の向こうに偃月橋[えんげつきょう]を望みながら抹茶を味わえる。
大正15年(1926)から4年の歳月をかけて造られた、日本最初期のマルチプルアーチダム(アーチ式ダムを複数つなげたもの)。農地の水がめとして今も使用されている。ヨーロッパの古城のような佇まいで、国の重要文化財に指定されている。毎年、夏(不定期)に行われる“ゆる抜き”(放水)風景は、季節の風物詩として知られている。
桃山~江戸時代に生駒[いこま]家4代、松平家11代の藩主が居城とした高松城跡に整備された公園。三方の堀に海水を引き入れ、城の守りと水運を兼ねた全国でも珍しい水城[みずしろ]だ。往時の面影を伝える月見櫓[つきみやぐら]、艮櫓[うしとらやぐら]は重要文化財。海水の導入口や披雲閣庭園[ひうんかくていえん](国指定名勝)、披雲閣[ひうんかく](国指定重要文化財)、松平家ゆかりの品を展示した陳列館もぜひ見ておきたい。内堀では真鯛が泳ぎ、エサやり体験(100円)や城舟体験(500円、3~11月)が楽しめる。1月1~3日、5月5日は無料開放日。
海沿いに広がる憩いの公園は、瀬戸大橋を望める絶好のロケーション。瀬戸内海に沈む美しい夕日や瀬戸大橋のライトアップが楽しめるなどデートスポットとして大人気。園内には家族連れに好評の「遊具広場&芝生広場」や、かつて宇多津町の基幹産業であった塩づくり体験ができる「入浜式塩田」がある。また、四国最大級の水族館「四国水族館」の完成によりさらに魅力ある公園になることが期待される。
本島の北東に位置し、塩飽水軍が本拠地としたところ。江戸後期~明治期の建物30数棟が残り、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている。細い路地に沿って、白壁、なまこ壁や格子窓、虫籠窓[むしこまど]の家並みが続き、このうち真木[さなぎ]邸(笠島まち並保存センター)、真木[まき]邸(ふれあいの館)、藤井邸(文書館)の3棟が一般公開されている。
旧阿波街道に近い金倉川[かなくらがわ]に架かり、長さ約24m、高さ4.2m。刀の鞘のような反りがあることからその名が付いた。銅葺唐破風造の屋根をのせ、橋脚のない全国でも珍しい浮橋だ。
天平13年(741)、聖武[しょうむ]天皇の勅願で行基が開いたという寺。四国霊場第80番札所だ。一帯は国の特別史跡に指定され、仁王門から本堂(重要文化財)へ向かう途中に七重塔や金堂の礎石が残る。寺の背後に整備された讃岐国分寺跡の遺構や復元家屋も見ておきたい。
中世から瀬戸内海を往来する船の風待ちの港として栄えた引田の町には、往時をしのばせる庄屋屋敷や醤油蔵などが多く残り、保存修復が行われている。保存の中心になっているのは江戸から昭和初期に酒と醤油醸造で栄えた豪商「井筒屋」の屋敷。母屋は見学ができ、数ある蔵は食事処やみやげ店などに再生されている。
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