
西郷隆盛像
上野恩賜公園正面入口、石段を上った山王台広場に立つ西郷隆盛像は、明治31年(1898)に建立されたもの。慶応4年(1868)に江戸城を無血開城させ、江戸を戦火から救った功績によって造られた。作者は、彫刻家高村光雲[たかむらこううん](詩人・高村光太郎の父)。草履ばき着流し姿で愛犬とともに立つ姿は、上野のシンボル的存在。
- 「京成上野駅」から徒歩2分/「上野駅」から徒歩7分
ジャンル/こだわり条件等を指定して検索できます。
上野恩賜公園正面入口、石段を上った山王台広場に立つ西郷隆盛像は、明治31年(1898)に建立されたもの。慶応4年(1868)に江戸城を無血開城させ、江戸を戦火から救った功績によって造られた。作者は、彫刻家高村光雲[たかむらこううん](詩人・高村光太郎の父)。草履ばき着流し姿で愛犬とともに立つ姿は、上野のシンボル的存在。
上野駅公園口前から、鴬谷駅の西側に広がる。慶応4年(1868)の彰義隊[しょうぎたい]の戦いで堂塔がほとんど消失した寛永寺の境内で明治6年(1873)には日本で最初の公園に指定。大正13年(1924)に当時の東京市が宮内省から下賜され、都市公園として整備。春にはソメイヨシノ、ヤマザクラなどの桜が咲き乱れ、都内有数のサクラの名所でもある。
下町のお笑いの殿堂として知られる浅草唯一の落語定席。1年365日落語を楽しめる演芸場。落語のほか、漫才、ものまね、奇術など、バラエティに富む演芸が気軽に楽しめる。
飲食店のショーウインドーを飾る、本物そっくりな食品サンプルの店。ベーシックなメニューサンプルのみならず、その製作の技を生かして作った、ベーコンや生ハムをモチーフにした栞や、ホットケーキをベースにしたクリップなど、食品にちなんだユニークな雑貨もさまざまに扱っている。蝋を使った伝統の製法を教わりながら、天ぷらやレタスなどのサンプルを作る人気の体験も行っており、製作中の動画をSNSにアップする人も多いのだとか。
三菱の創設者、岩崎家の旧本邸。敷地内には洋館、和館、撞球室(ビリヤード場)が現存し、重要文化財に指定されている。洋館はジョサイア・コンドルの設計により、明治29年(1896)に完成したもので、日本を代表する木造の西洋風邸宅。書院造りを基調とする和館との和洋併置式は、その後の日本の建築文化にも影響を与えている。
明治15年(1882)に開園した日本初の動物園。東園と西園に分かれた園内では、世界各地の動物を飼育。ジャイアントパンダやアジアゾウ、キリン、ハシビロコウなど珍しい動物も多くみられる。ジャイアントパンダの生息地でもある四川省の森を再現した展示施設「パンダのもり」には、同じ生息地に暮らすレッサーパンダや中国のキジ類の展示施設がある。旧寛永寺五重塔(国指定重要文化財)も敷地内にある。
天台宗の関東総本山。寛永2年(1625)、天海僧正によって創建。創建当時は徳川将軍家の祈祷寺だったが、後に菩提寺も兼ねるようになった。幕府の庇護の下、盛時には30余りの堂塔と36の子院が立ち並んだが、上野戦争でその多くを焼失。現在の本堂は、明治12年(1879)に川越の喜多院本地堂を移築し再建したものだ。
明治、大正、昭和30年代までの下町の生活を紹介する資料館。商家の店先や長屋の町並みが実物大で再現されている。家具や生活用品は実際に使用されていたもの。2階には、けん玉やお手玉などが置かれ、手にとって遊ぶこともできる。
東京藝術大学のキャンパス内にある美術館。前身の東京美術学校開校に先立ち、芸術資料の収集が開始され、高橋由一の<鮭>や上村松園の<序の舞>など、日本近代美術を中心としたコレクション数は約30000件にのぼる。年1~2回の藝大コレクション展でその一部を公開するほか、特別展や学生の卒業・修了作品展、博士審査展、教員の退任展を開催している。
江戸時代末期の嘉永6年(1853)に誕生した日本最古の遊園地「浅草花やしき」。人気の「ローラーコースター」をはじめ、さまざまなアトラクションとマルハナ縁日、飲食店舗などが所狭しと立ち並び、浅草観光の一つとして幅広い世代に親しまれている。屋上からは浅草の街並みを一望できる。0歳から乗れるアトラクションがたくさんあるので、遊園地デビューに最適。4歳以下の子どもと一緒だとお得な情報あり。
運行情報はありません。
路線が登録されていません。
路線登録で登録した路線の運行情報が表示されます。
路線を登録すると、登録した路線の運行情報が右サイドで表示される機能です。
トップページ、電車関連ページで表示されます。
エリアを登録すると、登録したエリアの天気情報が表示されます。