
宮崎県庁
近世ゴシック様式の重厚な外観と、流麗な装飾がモダンな印象の県庁舎で、平成29年(2017)国の登録有形文化財に登録された。玄関ロビーは県下で採石した大理石が使われるなど豪奢な雰囲気で、手すりには化石まで見られる。また、前庭は日南海岸や青島など県の観光地をイメージして造園。無料の団体向け県庁ツアーも行っている(要予約)。
- 「宮崎駅」から徒歩16分
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近世ゴシック様式の重厚な外観と、流麗な装飾がモダンな印象の県庁舎で、平成29年(2017)国の登録有形文化財に登録された。玄関ロビーは県下で採石した大理石が使われるなど豪奢な雰囲気で、手すりには化石まで見られる。また、前庭は日南海岸や青島など県の観光地をイメージして造園。無料の団体向け県庁ツアーも行っている(要予約)。
五ケ瀬町の旧藤田家(国指定重要文化財)や高原町の旧黒木家(国指定重要文化財)など、江戸時代の民家4棟が移築復元されている。所要20分。
慶長8年(1603)、初代藩主・高橋元種が築いた延岡城跡を整備した公園。日本三大ヤブツバキ群のひとつとして知られる園内は、冬になると鮮やかな色合いの花が咲きほころぶ。重厚な北大手門をくぐると見えてくる高さ19mの石垣は、ひとつの礎石を外すとすべての石が崩れ落ちるといわれ、「千人殺しの石垣」と呼ばれている。丘陵頂上部の広場からは日向灘を一望でき、城山の鐘が時を知らせている。平成29年(2017)4月6日(城の日)に「続日本100名城」に選ばれた。
鬼八の首を祭る。ちなみに胴はここから300mほど離れたところに、手足は道の駅高千穂の近く淡路城跡に祭られている。
元暦2年(1185)8月、惟宗忠久は源頼朝から薩摩、大隅、日向国にまたがる島津荘の下司職(荘園の管理人)に任命される。忠久は島津荘の惣地頭職となり、自分が治める荘園の名をとって「島津忠久」と名乗るようになった。これが島津家の始まりとされている。鎌倉より下向した忠久が御所(館)を構えた場所と伝わる祝吉御所跡には、石碑が立つ。
日南の山間部で育つ良質な飫肥杉とマグロ漁で栄えた油津。その杉を運搬するため、貞享3年(1686)に造られたのが堀川運河だ。また、かつて材木を保存した赤レンガの倉庫は現在イベント会場等として利用され、油津の町のシンボルとなっている。
約680年前の綾氏の山城を再現した、木造3層建ての城。1・2階は古文書や甲冑などを展示し、3階天守閣は展望楼になっている。見学所用時間約40分。
字で見すると不思議な地名だが、これはサノノミコト(神武天皇)がお生まれになられた際、母タマヨリヒメが諸物を洗い浄めた場所との言い伝えに基づくとか。
細島港の先にある風光明媚な陸けい島。京都で起きた薩摩藩の内紛、寺田屋騒動に関係した黒田藩士で、勤王家海賀宮門ほか2士が護送中にこの地の沖合いで惨殺された。この名称は、勤王の志が厚かったこの3人の死を地元民が悼んで墓碑を建てたことに由来する。砂州で繋がった小島へは満潮時を除けば歩いて渡ることができる。
大正11年(1922)築の油津赤レンガ館。ドラマ『裸の大将』の撮影も行われた。平成9年(1997)に日南市民有志によって買い取られ保存されることになり、その翌年には国の登録有形文化財となった。
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