旧山本猪平家
豪商だった山本猪平が明治40年(1907)頃に建築。飫肥の商人屋敷を今に伝える貴重な遺構。昭和4年(1929)に増築した以外は、ほぼ建築当初のまま。
- 「飫肥駅」から徒歩16分
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豪商だった山本猪平が明治40年(1907)頃に建築。飫肥の商人屋敷を今に伝える貴重な遺構。昭和4年(1929)に増築した以外は、ほぼ建築当初のまま。
廻船問屋であった明治17年(1884)築の商家を一般公開している。重厚感ある佇まいはもちろん、土間や太い梁など古民家好きは必見の建物。
国の重要伝統的建造物群保存地区の選定を受け、明治、大正、昭和の初期に盛栄えた港町として、今でも歴史的な景観を維持しており、センター内は来館者のお休み処として利用できる。
この地で天皇親率の水軍が初めて編成されたことから、日本海軍発祥の地とされ、港には巨大なモニュメントがある。すぐそばには神武天皇が海上安全を祈願したといわれる立磐神社があり、境内には神武天皇が腰掛けたといわれる「お腰掛け岩」が祭られている。
国民的歌人・若山牧水が少年時代を過ごしたこの家は、弘化2年(1845)に祖父の健海[けんかい]が建てたもの。近くの若山牧水記念文学館では、延岡中学校時代の成績表、直筆の掛け軸などを展示している。所要30分。
細島港の先にある風光明媚な陸けい島。京都で起きた薩摩藩の内紛、寺田屋騒動に関係した黒田藩士で、勤王家海賀宮門ほか2士が護送中にこの地の沖合いで惨殺された。この名称は、勤王の志が厚かったこの3人の死を地元民が悼んで墓碑を建てたことに由来する。砂州で繋がった小島へは満潮時を除けば歩いて渡ることができる。
天平13年(741)に聖武天皇の詔で建立された、日向国の国分寺の跡で、五体の如来像が安置される木喰五智館(時間:8時30分~17時 休み:無休)が最大のみどころ。円空と並び称される木喰上人の作で、江戸時代に訪れたときに残したもの。彼の作品の中で最も巨大な如来像といわれる。日向国分寺は国指定史跡に、五智如来像は宮崎県指定美術工芸品にそれぞれ指定されている。
字で見すると不思議な地名だが、これはサノノミコト(神武天皇)がお生まれになられた際、母タマヨリヒメが諸物を洗い浄めた場所との言い伝えに基づくとか。
約680年前の綾氏の山城を再現した、木造3層建ての城。1・2階は古文書や甲冑などを展示し、3階天守閣は展望楼になっている。見学所用時間約40分。
椎葉に伝わる悲恋物語の主人公・鶴富姫[つるとみひめ]と那須大八郎[なすのだいはちろう]が住んだとされる屋敷。4部屋が横一列に並び、縁も一続きになった、この地特有の寝殿造様の間取りは、神楽などを行うために建てられたという。平安期の屋敷の様式をとどめており、昔の人々の暮らしがうかがえる。所要20分。
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