安土城郭資料館
内部まで精巧に再現した20分の1スケールの安土城ひな型を展示。安土桃山時代が描かれた屏風絵風陶板壁画に囲まれて、ゆっくり休息できる。喫茶コーナーも併設されており、家紋カプチーノのほか、軽食なども味わえる。
- 「安土駅」から徒歩1分
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内部まで精巧に再現した20分の1スケールの安土城ひな型を展示。安土桃山時代が描かれた屏風絵風陶板壁画に囲まれて、ゆっくり休息できる。喫茶コーナーも併設されており、家紋カプチーノのほか、軽食なども味わえる。
八幡山の麓にあり、秀次の屋敷跡でもある。秀次の銅像も設置されている。桜やサツキ、ツバキ、モミジなどが植樹され、人々の憩いの場、公園となっている。
織田信長の居城。安土山に天正4年(1576)に築城を開始し、天正7年(1579)に信長が入城した。外観5層内部7階(地上6階地下1階)の華麗な天主をもっていたとされる城は、本能寺の変の数日後、完成からわずか3年で焼失。現在は、天主台、本丸、二の丸などに石垣が残るのみだが、平成元年(1989)から20年にわたり発掘調査・環境整備が行われ、国の特別史跡に指定されている。登り口から天主跡までは徒歩約30分。
西暦131年に大嶋神社として創建され、正暦2年(991)に宇佐八幡宮を勧請して以来、近江商人の信仰を集めてきた古社。エノキやムク、杉などの古木が生い茂る境内には、どっしりとした拝殿や本殿が静かに佇んでいる。社宝の安南渡海船額(重要文化財、非公開)は、安南(ベトナム)貿易で活躍した豪商・西村太郎右衛門が正保4年(1647)に奉納したもの。寛永13年(1636)に出された鎖国令で帰国できなくなり、望郷と鎖国解禁の思いを込めて自らの姿を描かせた。絵馬殿で複製を拝観できる。3月の左義長まつり、4月の八幡まつりも全国的に有名。ともに国選択無形民俗文化財。
天正9年(1581)、信長の命により、イタリア人宣教師オルガンチノが安土城の城下町に創建した日本最初のキリシタン神学校跡。現在では、安土城の外濠沿いに佇む公園として整備されている。
八幡山城跡にある日蓮宗唯一の門跡寺院。豊臣秀次の菩提を弔うため生母(秀吉に姉)日秀[にっしゅう]尼公が創建。当初は京都村雲の地にあった。境内からは近江八幡市街や琵琶湖を一望できる。2020年より寺内が修繕修復改装され、妙法の庭、木村英輝氏の蓮の壁画の回廊、maisuの襖絵や、八幡山城時代の石垣や戦国武者階段などがある。山頂までは八幡山ロープウェーを利用。
西川利右衛門家は約300年にわたり活躍した、近江八幡を代表する豪商の一人。京風で統一された造りは質素ながらも洗練された趣があり、当時の繁栄ぶりを伝えている。国指定重要文化財。
近江八幡の町は、天正13年(1585)に豊臣秀次が開いた八幡山城の城下町として築かれたのが始まり。八幡堀をはさんだ北側が武士の居住地域、南側は町人の町。町人が住む地域はさらに西が商業地域、東が職人地域に分けられた。現在の新町通りはかつての商業地域。畳表などを扱う豪商の邸宅だった、旧西川家住宅などが公開されている。邸宅には卯建があがり、家並みの塀越しに松がのぞくなど、情緒ある風景が続く。重要伝統的建造物群保存地区に選定。
八幡山を囲むように築かれた堀。琵琶湖水運にも利用されていた。両岸には今でも白壁土蔵や旧家が立ち並び、当時の面影を色濃く残している。重要伝統的建造物群保存地区、重要文化的景観地区に選定。
平成4年(1992)のセビリア万国博覧会に、加賀藩の御抱大工に伝わる「天主指図」をもとに安土城天主の5・6階部分が再現され、出展された。万博終了後、移築されたのが信長の館で、新たに庇屋根を増築した華麗な天主が展示されている。信長が狩野永徳[かのうえいとく]一門に描かせた金碧[きんぺき]障壁画が復元され、金箔約10万枚を使った外壁、総朱塗り床など豪華な造りとなっている。VR安土城シアターでは、天正9年(1581)頃完成した安土城を案内され、信長の待つ天主に向かうルイスフロイスの視点から描いたショートムービー(約15分間)を上映。
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