鹿児島神宮
大隅国の一の宮。老楠が生い茂る中でひときわ目立つ朱塗りの社殿は、令和4年(2022)2月に国の重要文化財に指定されている。毎年旧暦1月18日を過ぎた次の日曜に行われる初午祭は、450年の歴史を誇る伝統行事。全国でも珍しい鈴懸け馬踊りは毎年10万程の人出がある。また、10月の第3日曜に行われる隼人浜下りも多くの見物客が訪れる。
- 「隼人駅」から徒歩19分
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大隅国の一の宮。老楠が生い茂る中でひときわ目立つ朱塗りの社殿は、令和4年(2022)2月に国の重要文化財に指定されている。毎年旧暦1月18日を過ぎた次の日曜に行われる初午祭は、450年の歴史を誇る伝統行事。全国でも珍しい鈴懸け馬踊りは毎年10万程の人出がある。また、10月の第3日曜に行われる隼人浜下りも多くの見物客が訪れる。
種子島家の菩提寺で、文明元年(1469)、第11代島主・種子島時氏によって創建された。それまで律宗だった種子島家は、時氏の代に法華宗に帰依。以後全島をあげて法華信仰が広まった。本源寺の境内には、種子島に法華宗を伝えた日典上人の遺志を継いで、法華宗の弘法に努めた淡路島出身の僧、日良上人の墓や僧の供養碑群が並んでいる。
薩摩半島最南端の長崎鼻にある、浦島太郎と乙姫様が出会った竜宮伝説発祥の地で、豊玉姫(乙姫)を祀った神社、縁結びや海の神様として大切にされている。ここで貝殻に願いを書き、壷に入れて奉納すると素敵な出会いがあるといわれている。
鹿児島市の中心地、天文館にほど近い浄土真宗本願寺派西本願寺の寺院。創建は明治11年(1878)。鹿児島は室町時代末期から明治初期まで浄土真宗が禁止されていたためその間信者たちは隠れて信仰してきた歴史をもつ。さつまの熱い門信徒の思いで建設された鹿児島別院は南九州の念仏の中心道場として、多くの人が参拝に訪れる。
天照大神の孫・瓊瓊杵尊[ににぎのみこと]を祀った神社。高さ23mの大鳥居をくぐり、杉木立の参道を上ると、朱塗りで入母屋造の本殿(国宝)と拝殿(国宝)が立つ。元は高千穂峰の山頂近くにあったが、度々の火山の噴火により約500年前にこの地に再興された。現在の社殿は正徳5年(1715)に、21代薩摩当主・島津吉貴が寄進。
入り江の岩礁が突き出た場所に鎮座し、開運と勝負にご利益があるとされる神社。釜の蓋を頭に載せて祈願するというユニークな参拝スタイルや、有名スポーツ選手などが訪れたことでも話題となった。神社の裏にある絶景ポイントも見逃せない。
島津家初代・忠久公によって建久5年(1194)に創建された、日本最古とも言われる禅寺。島津家の菩提寺として栄え、篤姫も江戸に上る際に立ち寄ったとか。県指定重要文化財の十一面千手観世音菩薩像など、貴重な文化財を所蔵している。
平安時代中頃に編纂された、『延喜式神名帳』にも記されている古社。『日本書紀』には推古天皇の時代に30人の掖玖(屋久)人が都を訪れ、朝廷も掖玖に高官を派遣したとの記述がある。また同じころ、琉球へ向かった中国の隋の使いの水先案内人を掖玖人が務めたとも伝えられている。当時の日本と海外との交易は黒潮の流れと季節風を利用。鎮護国家や航海の安全などを祈るこの神社は、南西諸島の海上交通の際の寄港地として屋久島が重要視されていたことを示すものだ。
宝満の池のほとりにある神社。創建年代は不明で、遠い昔、多ね国が置かれた時代に、太宰府宝満宮を勧請したともいわれる。祭神は玉依姫。18人の従者を連れてこの地に降臨したと伝えられる神様で、降臨の際に、米の原種の赤米を持参したとか。毎年4月に催されるお田植え祭りでは、社人夫婦の手で、赤米の苗が神社の境内の神田に植えられる。
延宝4年(1676)に創建されたと伝わる神社の社殿を平成30年(2018)に再建した。ほかにも千本鳥居、えんむすびの大石や水に流せるおみくじなどがある。鹿屋市役所から徒歩15分(車3分)の距離にある。
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