和傘工房 朱夏
唯一残っていた「中津和傘」の職人が廃業したことを知り、江戸時代から受け継がれてきた伝統を復興させようと、地元の有志数名で立ち上げた工房。昔ながらの製法を守り、番傘や蛇の目傘などを製作販売する。なかでも日傘は女性に人気。伝統を守りつつ、時代に合う新デザインも考案している。作業工程の見学も可能だ。
- 「中津(大分)駅」から徒歩10分
ジャンル/こだわり条件等を指定して検索できます。
唯一残っていた「中津和傘」の職人が廃業したことを知り、江戸時代から受け継がれてきた伝統を復興させようと、地元の有志数名で立ち上げた工房。昔ながらの製法を守り、番傘や蛇の目傘などを製作販売する。なかでも日傘は女性に人気。伝統を守りつつ、時代に合う新デザインも考案している。作業工程の見学も可能だ。
江戸時代に仏門に入ったカッパが住んでいたという池と、その墓が残る寺。天保の飢饉のころ、人々が苦しんでいる横で相撲をとっていたカッパたちに、当時の住職が仏法を説いた。「千年生きている我々に文句を言うな」と最初はくってかかったカッパだったが、仏法の貴さに心を打たれ仏門に入る。その後、寺の池に住み、火事や水難から守ったとの言い伝えがあり、火難・水難除けのお守りもある。
明治の偉人、慶應義塾大学の創始者・福澤諭吉が17~19歳まで過ごした木造茅葺きの旧宅(国指定史跡)と、諭吉が勉学に励んだ土蔵が現存。隣接する記念館内では、諭吉の著書である『学問のすゝめ』や『西洋事情』の版本、羽織や書簡などの遺品を展示している。所要30分。
中津市街の南東、大規模なダイハツ九州スポーツパーク大貞(大貞総合運動公園)の一角にある公園。大正時代初期に、地元の人々が数百本のソメイヨシノの苗木を植えたことから始まった桜の名所で、春には約1300本のソメイヨシノが咲き、3月下旬~4月上旬には「桜まつり」も開催。祭り期間中の夜にはライトアップされて夜桜見物も楽しめる。
国道10号中津バイパス沿いに位置する道の駅。ご当地グルメを味わえる「なかつレストラン」では、全国的にも有名な「中津からあげ」のほか大分の郷土料理である団子汁や鶏天、釜揚げシラスなどが楽しめると好評。また、県内最大規模の農産物等直売所「JAおおいた直販所オアシス春夏秋冬」では、中津産の野菜や果物、花から畜産品、海産品まで取り揃えており、特産品であるハモやジビエ肉なども販売している。季節の行事や果物の詰め放題などのイベントも開催する。
天正18年(1588)、黒田官兵衛孝高(如水)が、山国川河口の地に築城した海城。細川家、小笠原家の後、享保2年(1717)から奥平家の居城となり、廃藩置県まで統治した。奥平家は産業振興、蘭学振興等を行い、前野良沢や福澤諭吉などを輩出する土壌となった。現在の城は、昭和39年(1964)に奥平家が中心となって中津市民の協力のもと、再建したもので、五層の天守閣と二層の櫓から成り、一帯は中津城公園として整備されている。天守閣内部は奥平家歴史資料館として、徳川家康拝領の白鳥鞘の鑓や歴代当主の甲冑や古文書など数多くの奥平家所蔵の品々を展示。令和7年(2025)には、庭園デザイナー・石原和幸設計による“日本唯一の花城”としてリニューアル。アートフラワーが見事な天守閣内部をはじめ、庭園には一年中さまざまな花が咲き誇る。
中津市街の南、中津市のシンボルともいえる、標高659mの八面山。名勝・耶馬渓にも程近い、八面山の麓の緑の中にあるのが八面山金色温泉。「お宿 こがね山荘」を中心に、食事処やリラクゼーションサロン、ギャラリーなどの施設が展開する。なかでも、日帰り温泉施設の「八面山金色温泉館」は、大きな湯船の広々とした内湯に多彩な湯船が揃う露天風呂がある大浴場と、6棟の貸切家族風呂から成る人気の施設で、単純温泉の八面山金色温泉をゆっくりと楽しめる。
慶應義塾の基本精神であり、福澤諭吉の代表的な言葉である「独立自尊」が刻まれた碑。明治37年(1904)、福澤諭吉三回忌にあたり福澤家の意思によって中津城公園内に建造された。瀬戸内海の小豆島で採掘した花崗岩を使用した高さ約13mもある大きな碑で、中津市指定有形文化財に登録されている。
中津市の国道10号沿い、「道の駅 なかつ」に程近い地にある憩いの場。チワワ、ポメラニアンなどの小型犬を主に飼育。約1万平方mの敷地内では四季折々の花が咲き、入園者は愛犬と一緒にのんびり散歩することができる。この施設のお気に入りのワンちゃんとの散歩も楽しめるのでぜひ。宝さがしなどのイベントが行われることもあるので事前に確認を。
天正15年(1587)、黒田孝高[よしたか]によって建立。深紅に塗られた壁は城下町・中津の中でもひときわ強烈な印象を与え、別名・赤壁寺とよばれる。豊臣秀吉の時代、豊前の実力者だった宇都宮鎮房[しげふさ]が騙し討ちに遇い、この寺を宿舎にしていた家臣たちも全員討ち死。その時の血潮を浴びた門前の白壁は何度塗り替えても血痕が浮き出るため、ついに赤壁に塗り替えたという。柱には当時の刀傷も残り、家臣たちの無念と悲しみが壁の血痕を何度も浮き出させたと伝えられている。
運行情報はありません。
路線が登録されていません。
路線登録で登録した路線の運行情報が表示されます。
路線を登録すると、登録した路線の運行情報が右サイドで表示される機能です。
トップページ、電車関連ページで表示されます。
エリアを登録すると、登録したエリアの天気情報が表示されます。