社家の町並み
上賀茂神社の南、賀茂社から流れ出る明神川に沿って、石垣を積み、白い土塀で囲った家が30軒余り続く。これらは同神社の神官らが住んだ屋敷(社家)で、風格のある家並みは、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている。そのなかで数寄屋造の西村家別邸(錦部家旧宅)(料金:500円)が公開されており、社家の内部をうかがうことができる。
- 「北山(京都)駅」から徒歩21分/「北大路駅」から徒歩24分
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上賀茂神社の南、賀茂社から流れ出る明神川に沿って、石垣を積み、白い土塀で囲った家が30軒余り続く。これらは同神社の神官らが住んだ屋敷(社家)で、風格のある家並みは、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている。そのなかで数寄屋造の西村家別邸(錦部家旧宅)(料金:500円)が公開されており、社家の内部をうかがうことができる。
京の市街地、特に西陣一帯が見渡せる景勝地。東西200m、南北100mのなだらかな丘陵で、平安時代からその美しさが京の人々に愛されてきた。清少納言も「岡は船岡」と讃えている。応仁の乱では西軍の山名宗全が城砦を築き、戦いの場にもなった。現在は遊歩道が延び、船岡山公園として京都市民の憩いの場になっている。
臨済宗大徳寺派の大本山大徳寺の塔頭の一つ。キリシタン大名の大友宗麟[おおともそうりん]の天文4年(1535)に創設。表門(重要文化財)、本堂(重要文化財)は創建当初の遺構。方丈裏の閑眠庭[かんみんてい]は、枯山水の庭を横ぎるようにして7個の石で十字架が表されている。
上賀茂神社の境外摂社で、古くは「恩多社」とも呼ばれた古社。上賀茂神社の東、800mほどのところに鎮座し、日本神話に登場する天鈿女命[あめのうずめのみこと]を祭神とするだけに芸能・長寿の神様として信仰が厚い。趣のある一間社流造の檜皮葺き屋根の本殿と、同じく檜皮葺きの拝殿は江戸初期の造替。「大田神社巫女神楽」は京都市登録無形民俗文化財。国の天然記念物に指定されるカキツバタの名所として知られ、参道脇の「大田ノ沢」と呼ばれる池に群生する濃紫色のカキツバタの花の美しさは平安時代の歌人・藤原俊成の歌にも詠まれたほど。
後水尾法皇が命名され、勅号「閑臥庵」として知られる黄檗禅宗の寺。貴船の奥の院にあった鎮宅霊符神[ちんたくれいふしん]を祀る。この神は陰陽師安倍晴明が開眼したとされ、方除・厄除の霊神とされる。各個室からは四季折々の庭園が眺められ、黄檗宗伝来の精進料理「普茶料理」が味わえる。夜は本堂や庭園がライトアップされ、静寂と陰影の広がる空間はとても幻想的。テーブル席で2名から要予約。昼コース6500円~、夜コース1万円~。抹茶(京菓子付き)700円。
「戦争の記憶を共有する」、「平和創造の場となる」、「平和創造を支える調査研究活動の拠点となる」を基本コンセプトに、2023年9月23日にリニューアルオープン。過去の歴史と現在の世界を見つめることで、平和創造に向けた一歩を踏み出すきっかけとなる展示となっている。
放牧場では珍しいひき馬体験があり、水と緑に囲まれたファミリー向けのキャンプ場。マス釣りやクラフト教室などスクール内容も充実。
臨済宗大徳寺派の大本山大徳寺の塔頭の一つ。表門と本堂(方丈)は、ともに国の重要文化財に指定されており、大徳寺最古の建築。四方を趣の異なる4つの庭に囲まれている。方丈の北に枯山水の龍吟庭[りゅうぎんてい]、南に苔が美しい一枝坦[いっしだん]の庭、東に東滴壺[とうてきこ]と呼ぶ坪庭がある。
開祖は臨済宗大徳寺の徹翁国師。元禄7年(1694)に卍山禅師が住持し、曹洞宗に改宗。本堂には「血天井」と呼ばれる伏見城の戦いを今に伝える伏見桃山城の遺構や、「悟りの窓」「迷いの窓」があり、北山を借景にした庭園を望むことができる。本堂内に霊芝観世音菩薩を祀る。紅葉時期は駐車場利用禁止。駐車場に関しては要問合せ。
五山の送り火の一つがある船山の麓に佇む。鎌倉時代に創建され、伏見城の遺構である本堂・方丈(重要文化財)には狩野山楽の襖絵(重要文化財)や、血天井の廊下がある。庭は比叡山を借景とする見事な枯山水。
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