十輪院
吉備真備[きびのまきび]の子、朝野魚養[あさぬなかい]が元正[げんしょう]天皇の旧殿を拝領して開いたと伝えられ、中世以降は地蔵信仰の場として知られた。鎌倉時代に礼堂として建てられた雅な本堂(国宝)の奥にある石仏龕[せきぶつがん](重要文化財)は、わが国の石造美術の中でも珍しいもの。本尊地蔵菩薩の左右に釈迦如来と弥勒菩薩、扉石などにも多くの仏像が彫刻されている。
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吉備真備[きびのまきび]の子、朝野魚養[あさぬなかい]が元正[げんしょう]天皇の旧殿を拝領して開いたと伝えられ、中世以降は地蔵信仰の場として知られた。鎌倉時代に礼堂として建てられた雅な本堂(国宝)の奥にある石仏龕[せきぶつがん](重要文化財)は、わが国の石造美術の中でも珍しいもの。本尊地蔵菩薩の左右に釈迦如来と弥勒菩薩、扉石などにも多くの仏像が彫刻されている。
鑑真[がんじん]和上の弟子、思託[したく]律師が宝亀年間に開いたと伝わり、天正13年(1585)に筒井順慶[つついじゅんけい]の母が順慶の菩提を弔うため再興。以後、筒井家の菩提寺となった。寄棟造の本堂(重要文化財)は再興時の建立。鎌倉時代の地蔵菩薩像(重要文化財)は裸形像に実際の着物を着せた裸形着装[らぎょうちゃくそう]像として有名で、月曜、休みの時以外は開扉。花びらがひとひらずつ散る散り椿は東大寺開山堂の糊[のり]こぼし、白毫寺[びゃくごうじ]の五色椿と並び奈良三名椿の一つ。
日本最古の寺・飛鳥寺が、平城遷都に伴い奈良に移されたのが元興寺。南都七大寺の一つとして隆盛したが、都が京都に移ると徐々に衰退。室町時代には火災で伽藍の大半を焼失した。現在残る寺は僧坊の遺構(史跡)。極楽堂・禅室(ともに国宝)は、天平時代の僧房の平面を伝える貴重な遺構だ。屋根瓦の一部は古代の丸瓦・平瓦を使用(行基葺き)。飛鳥から運ばれた建築部材も含まれる。法輪館(収蔵庫)では天平時代の五重小塔(国宝)や聖徳太子立像、智光曼荼羅、阿弥陀如来坐像、弘法大師坐像(以上重要文化財)、中世庶民信仰資料(重要有形民俗文化財)を展示。この寺の歴史と信仰がうかがえる。
推古元年(593)創建といわれ、藤原氏に崇敬された。檜皮葺きの本殿は三間社流造[さんげんしゃながれづくり]。社宝に徳川家康奉納といわれる鎧があるが、奈良国立博物館に寄託中。境内の林[りん]神社は、室町時代に中国から渡来し饅頭の製法を伝えた林浄因[りんじょういん]を祭神とする。
興福寺境内の南側に位置する八角円堂。弘仁4年(813)、藤原冬嗣[ふじわらのふゆつぐ]が父内麻呂[うちまろ]のために建立した。現在の堂は江戸時代の再建。西国三十三カ所観音霊場第9番札所でもあるため、堂前には線香の煙りが絶えず、庶民的な雰囲気が漂う。本尊は高さ3.4mの不空羂索[ふくうけんさく]観音坐像(国宝)で、運慶の父康慶一門の作だ。堂内は、毎年10月17日(9~17時)に特別開扉される。
安産・子授け祈願の寺として全国から参拝者が絶えない。文徳[もんとく]天皇の皇后藤原明子[ふじわらのあきらけいこ]がこちらの地蔵菩薩に祈願したところ、清和[せいわ]天皇を出産。喜んだ文徳天皇が伽藍を整え、天安2年(858)、「腹帯が無事に解け、安産できた寺」帯解寺[おびとけでら]と名付けられた。穏やかな表情の本尊木造地蔵菩薩半跏像は重要文化財に指定されている。
聖徳太子が平群[へぐり]に建立した熊凝精舎[くまごりしょうじゃ]が始まりと伝わる。国家鎮護の官寺として宮都の変遷とともに各地を移転。平城遷都後、現在地に定まり大安寺と号した。東大寺、西大寺と並んで南大寺[なんだいじ]とも呼ばれ、壮大な伽藍を誇ったが、中世以降衰微。天平末期から弘仁時代の木彫仏を多数安置する。本堂の十一面観音立像(重要文化財)、嘶[いななき]堂の馬頭観音立像(重要文化財)は秘仏。讃仰[さんごう]殿安置の楊柳[ようりゅう]観音立像(重要文化財)、四天王立像(重要文化財)などは通年拝観できる。
養老5年(721)、藤原不比等[ふじわらのふひと]の1周忌に際し建立された。堂々とした八角円堂だが、現在の建物は鎌倉時代の再建。堂内には運慶一門が制作した鎌倉時代の本尊弥勒如来像(国宝)の、無著[むじゃく]・世親[せしん]菩薩像(国宝)などを安置、毎年春と秋に特別公開される。
興福寺にある、高さ約50mの塔。古塔としては京都・東寺の五重塔に次ぐ高さで、奈良のシンボルとして親しまれている。天平2年(730)、光明皇后によって創建されたが、たびたび焼失。現在の塔は6度目の再建だ。室町時代の建築ながら、東金堂と同様、天平様式を踏襲している。現在は約120年ぶりの修理工事が進められ、令和13年(2031)3月までの予定となっている。
春日大社の表参道入口に立つ典型的な春日鳥居。創建は承和3年(836)と伝え、江戸時代に再建された。右手奥の「影向[ようごう]ノ松」は春日大明神が萬歳楽を舞った所といわれ、おん祭の芸能も奉納される。
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